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2016.09.05 (月) 印刷する

「官民対話」より国内投資環境の改善が先だ 大岩雄次郎(東京国際大学教授)

 国内は元より、国際通貨基金(IMF)などの国際機関からもアベノミクスの限界が指摘されている。しかし、相変わらず政府は大規模な経済対策を、日銀は金融緩和政策の一層の深堀効果を主張し、一向に政策を見直す兆しはない。それどころか、アベノミクスの目指す経済の好循環を妨げているのは、不十分な賃上げと低調な民間設備投資にあるとして、「官民対話」と称し、民間企業に圧力をかけ続けている。
 財務省が9月1日、公表した法人企業統計によると、2015年度の企業の利益剰余金(金融・保険業を除く)、いわゆる内部留保は、過去最高だった前年度を6.6%上回る377兆9689億円で、この4年で96兆円超の増加となった。一方、2015年度の労働分配率は66.1%で、リーマン・ショック前に企業の利益が膨らんだ2007年度(65.8%)以来の低さである。これを受けて、石原伸晃経済再生担当相や麻生財務相は、「内部留保を設備投資や賃金増加につなげるべき」と不満を表わすと同時に、期待も示した。
 しかし、賃金や投資が増えないのは結果であって、問題は、その原因について十分な分析が示されないままに、安易に内部留保を賃金や投資に回せばよいといった類の議論が多いことである。そもそも「内部留保=現金」ではないし、内部留保というのは、あくまでも資金調達手段の一つに過ぎないし、本来、配当として株主に帰属するものである。
 さらに事実誤認がある。設備投資を増やしていないとされるのは主に製造業のグローバル企業であるが、正確には「国内」設備投資が低迷しているのであって、設備投資全体が抑制されているわけではない。
 財務省「法人企業統計」によると、利益剰余金の増加分のうち、この10年で最も増加しているのは株式保有を中心とする投資有価証券で、2004年度の122兆円から2014年度には244兆円に倍増している。有形固定資産の11兆円減少、つまり設備投資を抑制する一方、M&Aや海外における子会社設立等を積極的に行っている。例えば、日産自動車の国内生産比率は、僅か17%である。日銀「資金循環統計」によれば、対外直接投資や対外証券投資は継続的に増加しており、国際収支が2000年代に投資収益の黒字幅の拡大が続いていることがその証左である。
 明らかに、企業は内部留保を活用して海外投資を積極的に行っている。この投資や投資収益をいかに国内にシフトさせるかが政府の役割である。ただ、「民間企業は、需要のないところに投資はしない」という経済原則を理解せず、「対話」という政治的な圧力をかけてもその効果は期待できない。
 産業の六重苦(超円高、高すぎる法人実行税率、自由貿易協定の遅れ、厳しい労働規制、厳しい環境規制、高いエネルギーコスト)はどこまで解消されたのか。世界銀行「2016年のビジネス環境ランキング」では、世界189カ国・地域中、日本は34位である。また、わが国の対内直接投資残高(対GDP比)は2013年末時点で3.7%と、主要先進国やアジア新興国に比べると著しく低い。
 魅力のある国内投資環境を早急に実現する必要がある。そのためにも、まず環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の早期実現に注力すべきである。