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2016.09.06 (火) 印刷する

「エアシーバトル」は後退したといえるのか 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 2010年5月に米国防総省はエアシーバトル(ASB)構想を発表、2011年8月の国防総省内にASB室を立ち上げ、2015年1月にはその業務が統合参謀本部のJ-7(統合戦力開発部門)に移管された。ASB構想に深く関わってきた戦略予算査定研究所長のアンドリュー・クレピネヴィッチ氏とは、私が大学院で彼の授業をとった関係から、訪米の度に意見交換を行っており2010年の公表以前からASB構想に関しては彼から聞いていた。
 この構想では中国本土の軍事目標を直接攻撃することから、核戦争へのエスカレーションを懸念し遠距離からの海上封鎖を主張する米国防大学教授のT.X.ハメス元海兵隊大佐が2012年12月、米海軍協会誌『プロシーディングズ』に「オフショアー・コントロール(OSC)」を発表した。
 これは敢えて言えば「中国にミサイル発射の兆候が確認されれば、米空母も海・空軍も第2列島線の東側に退き、眼前の敵には日本が立ち向かう」とする考えである。しかしOSCは一個人の意見であって国防総省の意見にはなっておらず、従って国防総省内に検討室を設けることもしていない。
 2014年には、海上封鎖を主眼とするものの、より近距離から米潜水艦によって中国主要港湾を封鎖する構想をプリンストン大学のアーロン・フリードバーグ教授が「ASBを超えて」と題して発表、2015年5月に海上自衛隊幹部学校教官による翻訳が『アメリカの対中軍事戦略』として出版された。
 『正論』最新号(10月号)誌上でも、陸海空の元自衛隊将官3名が鼎談で、「ASB構想が後退している」と語っている。だが、私は今年の初めにもクレピネヴィッチ氏と会って意見交換をしたが、彼は「OSCは日本という大切な同盟国を見捨てることになる」と批判してはいても、「ASBの後退」ということは言っていなかった。
 確かに中国の軍拡は凄まじく、空母キラーと言われる対艦弾道ミサイルを配備しつつある動向を考えれば、米戦力を、それらの前に晒したくないとする気持ちはあるであろう。しかし、主戦力を第2列島線の東側に退避させるということは在日米軍基地と軍人、その家族を見捨てることになり、同時に同盟の信頼性を失って他の同盟国も米国から離反することになる。世界における米リーダーシップを一挙に失うようなことを許容するであろうか?