1月12日付の本欄で、島田洋一氏が、在外自国民の保護に関して、国際法上の議論と国内法上の議論が嚙み合っていないと指摘している。この議論は島田氏が例示した2014年の新安保法制の審議以前からあった。国際法の視点を含め若干補っておきたい。
まず前提となる「身体、生命に対する重大かつ急迫な侵害」にさらされた在外邦人の救出に関する1991年の衆議院安保特別委員会での政府答弁を再確認しておきたい。当時外務省法規課長だった小松一郎氏は、「国際法上の議論に限って申し上げれば自衛権の行使として認められる場合がございます」と述べたのに対し、大森政輔内閣法制局第1部長は、憲法の立場から、「(このような事態において)一般的には直ちにこれらの要件(自衛の3要件)に該当するとは考えられない」と答弁した。
●四半世紀も変わらぬ矛盾答弁
ちなみに当時、自衛の3要件とされたのは、「わが国に対する急迫不正の侵害があること」「これを排除するために他に適当な手段がないこと」「必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」だ。その後、解釈改憲の閣議決定によって、集団的自衛権が認められ今日に至っているが、適否は別にしても、1991年当時の政府見解が踏襲され続けて少なくとも四半世紀がたつ。
それでは「国際法上の議論」とはなにか。例えば1976年にはウガンダのエンテベ空港でイスラエルによる人質救出作戦が生起し、1980年には米国によるイランの米大使館人質救出作戦が起きている。こうした「在外自国民保護」を目的とした他国における国家の実力行使が、国際法上の議論を惹起し、いくつかの学説が提起されてきた。
肯定論としては、慣習法上の自衛権によって在外自国民の保護が認められるとする考え方がある。また、国連憲章によって許容されるという考え方もあり、国連の目的と合致するのであるから憲章2条4項(武力不行使原則)に違反しない、あるいは憲章51条の自衛権の行使として正当化できるともされる。さらに、国際法上の違法性阻却事由である緊急状態を援用できるという考えもある。
反論としては、自衛権の適用はあくまで自国への攻撃に対するもので、在外自国民への攻撃と同一視してはならない、あるいは外国領域での武力行使は例外なく憲章2条4項に違反する、などの学説があるが、いずれも定説とはいえない。
●拉致被害者を放置していいのか
さて、わが国はいずれの立場をとってきたか。エンテベ空港事件では米国がイスラエルの自衛権援用を強力に支持。日本を含む西側諸国は非難せず、東側諸国はウガンダの主権を侵害する行為としてイスラエルを非難した。
イランでの人質救出作戦では、イギリス、ドイツなどは米国を支持したものの、東側諸国はイランに対する主権侵害を主張した。この事件を取り上げた日本の国会では、当時の伊達宗起外務省条約局長が「自衛権を行使して(中略)国民の救出を行いうるということは、一般国際法上の問題として正当化される」と答弁している。つまり、わが国は在外自国民の保護に関しては、従来から自衛権を主張する米国政府に近い国際法解釈をしてきたといえる。
ところが、国内法上は、わが国憲法の制約下でそれは不可能だという解釈であり、矛盾に満ちている。例えば混乱状態に陥った時の北朝鮮から拉致被害者を実力で奪還するなどの法的オプションはないままなのである。島田氏が指摘するとおりだ。過激派組織「イスラム国」(IS)などの国際テロが頻発する中、わが国が真の国際化を進める上で、この状態を放置し続けていいわけがない。あらためて国民的議論を喚起したい。