公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2017.07.03 (月) 印刷する

AIIBの最上位格付けは疑問だらけだ 大岩雄次郎(東京国際大学教授)

 中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)が6月29日、米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスから最上位の格付け「Aaa(トリプルA)」を得たと発表した。これによりAIIBは、資本市場で債券を発行することで、わが国を含めて世界の民間資金の調達が容易となるが、ムーディーズの判断には大いに疑問がある。果たしてAIIBに、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)などの国際開発金融機関(MDB)と同水準の信頼性があるのか。AIIB参加の是非から新たな局面への展開に備える必要がある。

 ●判断裏付け欠き、根拠も曖昧
 AIIBの格付け引き上げの根拠に関してムーディ-ズは、発表と同時に同社サイトで以下の通りの説明をしているが、具体的な裏付けを欠き、極めて曖昧の一言に尽きる(「Rating Action: Moody's assigns first-time Aaa issuer rating to Asian Infrastructure Investment Bank; outlook stable」29 Jun 2017)。ムーディーズの挙げた主な判断根拠は次の通りである(以下、著者訳による)。

・「この格付けは、今後5年から10年の成長を見込んだ上での、AIIBの現時点及び将来の信用力に対するムーディーズの評価を反映している」
・「Aaaという格付けは、リスク管理方針、適正な資本力、流動性を含めて、AIIBの統治機構の強さを考慮したものである」
・「突出した資本力が、AIIBの信用力を裏付けている」
・「われわれは、AIIBの流動性ポジションは、高い格付けを受けている他のMDBと同水準の堅牢さにあると見込んでいる」
・「われわれは、非常の際にも、AIIBは十分な請求可能資本が契約によって強力に担保されていると考えている」

 ●資金量や審査体制は大丈夫か
 辛うじて確認できる財務諸表(「Connecting Asia for the future: AIIB Annual Report and Accounts 2016」)を除いて、全くと言えるほどディスクロージャー(情報開示)されていない状況で、ムーディーズが上記のような判断に至った根拠は明示されていない。AIIBの5年から10年先までの成長の理由や統治機構の強さの意味及び基準、具体的な資本金額など、どれも客観的裏付け資料が示されずに、AIIBを称賛する言葉だけが踊っていると言っても過言ではない。
 特に、AIIBはこれまで債券を発行していないので、参加国の払込資本が全てであるが、その金額は2016年12月末時点で僅か授権資本1000億ドルの7%程度である。ムーディーズはAIIBの資本力を高く評価しているが、その後どの程度の払い込みがなされ、現在の実際の資本金額はどうなっているかは明らかにしていない。現状を明確にしたうえでの評価がない限り、AIIBもムーディーズも信頼が得られないことは当然である。AIIBは積極的にディスクロージャーの責任を果たすべきことは言うまでもない。
 その上、AIIBは創設以来、中国の単独拒否権、客観性を担保し難い審査体制(理事12名、理事会は非常駐、メール決済)、審査基準の緩さの懸念、最大出資国と自国の公共事業に関する中国の利益相反、世銀やADBの最大の借入国(中国)が、同時にAIIBでは最大の出資比率を持ち、最大の貸出国になることの問題など、多くの課題をさんざん指摘されてきた。しかし、改善の兆しは一向に見られない。

 ●AIIBに事実上参加となる恐れも
 ムーディ-ズがAIIBに最上位の格付けを与えたことに対して、麻生太郎財務相は6月30日の閣議後会見で、「(南アフリカの)ボツワナより日本の国債が低いと言い出したのは確かムーディーズじゃなかったか。その程度のところ(が出した格付け)だと思っている。他に興味はない」と一笑に付したという。
 とはいえ、専門的正確性をいくらか犠牲にして言うならば、大手格付け会社が最上級ランクを与えたことで、AIIBの信用力はこれまでの5倍には高まったといえる。AIIBは今後、世銀やADBと同様に債券発行により資本市場での資金調達を進めることは明白で、格付け取得はそれが目的だったはずだ。
 AIIBが、世界一の金融資産を持つ日本の金融市場を対象に、金利の高い円建て債券を発行すれば、日本の金融機関が「優良投資先」として一斉にAIIB債の購入に走る可能性は高い。その場合、日本の民間資金がAIIBに大量に流れることになり、AIIB参加の是非論そのものが有名無実化する恐れがある。
 AIIB の活動は中国共産党の厳しい言論統制下にあり、AIIB が公表する報告書はすべて、中国共産党の検閲対象になるであろう。AIIBが名実ともにMDBとして発展するためには、徹底したディスクロージャーがカギを握ることは明らかだ。
 政府は、今まで以上に中国に対して、アメリカや既にAIIBに参加済みの諸国とも連携してAIIBの民主化を核とする改善を求めると同時に、一層のディスクロージャーを要求する必要がある。それが日本の資本のみならず、世界の資本を守り、延いてはAIIBの恣意的な利用やAIIBの失敗に起因する世界規模の経済ショックを避ける道である。