日本と欧州連合(EU)は7月6日、経済連携協定(EPA)交渉で大枠合意にこぎ着けた。日欧EPAは2013年にスタートしたが、2015年及び2016年の2度にわたって合意が先送りされた経緯がある。今回の合意の背景には、米トランプ政権の保護主義的趨勢が世界に波及することへの危機感があることは確かであろう。反保護主義の流れを確実にするには、更なる自由貿易協定(FTA)の拡大を図る戦略が必要である。
●米国の「復帰」へ圧力にも
1990年代以降、情報通信技術(ICT)の発達に伴い、国境を越えて生産基盤を配置する分業生産ネットワーク、すなわちグローバル・バリュー・チェーンが構築された。近年では、生産基盤のグローバル分散が企業の競争力を左右するとされている。しかし、わが国の場合、グローバル・チェーン関与の絶対水準は依然低く、グローバル分散によってもたらされる競争力強化の余地は、なお大きい。わが国はグローバル・チェーンへの関与を一層強める必要があり、それには、FTAやEPAの締結拡大は必須である。
日欧EPAは、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に比して経済的効果はいくらか小さいが、その実現は本来の自由貿易拡大の流れを取り戻す重要な契機になる。米国のTPP復帰への圧力になることも期待される。しかし、その実現には更なる戦略が必要である。
米国のTPP離脱以降、米国が抜けた後の11カ国、いわゆるTPP11として再スタートを切るためには、日本の強いリーダーシップが不可欠だ。ここでEUのTPP11参加を実現できれば、最大規模の自由貿易圏の実現に繋がるだけでなく、米国が経済力を背景に個別にFTAを結ぶ戦略を牽制し、TPP復帰の実現性を高めることができる。
●貿易ルールの簡素化もたらす
EUのTPP11参加は、決して唐突なものではない。両者でFTAを結ぶにせよ、双方には既に一定の現実的な経済的基盤があるからだ。第1に、EU-TPP11協定は、当然、他のFTAを凌ぐ巨額の経済的利益を生む。
第2に、EU経済は既にアジア太平洋諸国と広範な関係を構築している。EUはこれまで、ベトナム、メキシコ、チリ、ペルーのTPP参加国とFTAを結んでおり、今後、カナダ、豪州、ニュージーランド、シンガポール、マレーシアともFTA交渉を予定している。とりわけ豪州にとってEUは第3位の貿易相手であり、2016年の商品貿易の総額は455億ユーロ(約4兆9000億円)に達する。
第3に、インド生まれの米経済学者、ジャグディシュ・バグワティ氏が「スパゲッティボウル現象」と称した矛盾した規則、関税、手続きの2国間パッチワークを排除することができる。
スパゲッティボウル現象とは、異なる基準や規則が複雑にからみ合っている状態を、ボウルの中のスパゲティに見立てたものだ。つまり、FTA等の2国間協定が増えれば、様々な内容の貿易ルール(優遇措置や原産地規則、例外規定等)が乱立し、貿易の通関システム等に混乱が起きかねない。そうなれば、企業も行政もコストは膨れ上がり、かえって自由貿易を阻害してしまう。EU-TPP11協定の実現は、まさに「スパゲッティボウル」の問題を緩和し、より簡素で、高い水準の自由化を実現するルール作りにも貢献する。
日本は、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)実現に向けた使命も負っている。いかなる国も遵守すべき自由で公正なルールを確立することは、わが国の国益のみならず、世界経済の繁栄に繋がる。