公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2017.12.05 (火) 印刷する

「嫡出否認」規定の合憲判決に思う 髙池勝彦(弁護士)

 11月29日、神戸地方裁判所において、「嫡出否認」規定は合憲との判決が出たことは、すべての新聞やテレビで報道されたので御存じかと思います。「嫡出否認」規定の合憲性が裁判で争われたのは初めてだとのことです。
 ただ、この事件は、無戸籍者の救済といった問題が論点であるかのように思っている人がいるかもしれませんが、それだけが問題ではありません。私の考えを述べて皆さんの感想を伺いたいと思います。まだ判決原文を読むことができないので、新聞記事などから事実関係を推定して述べます。
 正式に結婚した夫婦の間に生まれた子は、嫡出子と呼ばれます。これを民法では、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」と規定しています(772条1項)。生まれれば当然、夫婦の子として夫婦の戸籍に載ります。
 ただし、妻が婚姻中に懐胎したけれども実際には夫の子でない場合(妻が不貞をして生まれた子など)はどうするのかという問題があります。その場合、夫は、この出生を知った時から1年以内に限り、嫡出を否認することができるとされています(民法774条、777条)。嫡出を否認することができるのは夫だけなのです。子自身も妻(子の母親)もできないのです。

 ●無戸籍は回避できなかったのか
 神戸地裁の事件は、不貞ではなく、夫の暴力がひどくて別居し、離婚成立前に別の男性との間に子が生まれたケースです。女性は、別の男性との間の子として出生届を出しましたが、婚姻中の子であるからとして、その出生届は受理されなかったということです。その結果、その子とその子の子供2人が30年間、無戸籍で過ごしてきた。これは夫だけに嫡出否認を認めた民法の規定が憲法違反なのに、民法を改正しなかった国に対して立法不作為の責任があるとして損害賠償を求めたのです。
 これだけの事実関係からは断定できませんが、無戸籍にしない方法もあったのではないかという気もしますが、それとは別に、嫡出否認を夫だけに認めるべきなのかどうかを考えてみたいと思います。
 民法学の泰斗、我妻栄は、この状況をわかりやすく次のように説明しています(『親族法』219頁)。夫婦間の子の嫡出性を民法のように扱うことによって、真実に反する場合もあるだろう。真実に反することを、夫が知らない場合もあろうし、知りながら家庭の平和や世間体を考慮して不問にすることもあろう。妻は多くの場合知っているだろうが、夫と同じく不問にしようとすることもあるだろうし、真実を明らかにしたいと望む場合もあるだろう。子は知って不問にする父母の意に従って満足することもあろうし、真実を明らかにしたいと望む場合もあろう。以上のすべての場合に、夫の意思だけに決定権を与えることに問題があるのではないか。

 ●「夫にのみ権利」の合理性は弱い
 なぜこのような規定があるのか、家庭の平和の維持と、父子関係を早期に安定させるためという理由があげられています。
 しかしこの2つの理由だけで、夫にのみ、一年以内という要件がすべて合理化されるには弱いでしょう。特に現代は、真実性の問題としては、事務上のミスを除けば、DNA鑑定が発達しており、父子関係はほぼ100パーセント確実に確認できるようになったからです。真実性の観点からは、夫ばかりではなく、妻にも子にもその他利害関係人にも嫡出否認を認めてもいいではないかという主張が出る可能性があります。一方、幼児養子制度が認められているように、真実でなくても実子として育てたいという家庭の平和を尊重する意見も強い。
 最近、法務省のホームページでは、「嫡出推定制度は,民法772条による嫡出推定が及ぶ子については,父と推定される者のみが,子の出生を知って1年以内に限り,嫡出否認の訴えを提起することができるものとすることにより,その後は,血縁関係の有無に関わりなく,誰も法律上の父子関係を否定することができないものとすることによって,法律上の父子関係を早期に確定するとともに,家庭のプライバシーを守りながら家庭の平和を尊重し,子の福祉を図ろうとする制度です。」と説明しています。
 しかし、これでも説明としては弱いです。

 ●問題解決の手段を広く探れ
 そこで、この規定の不合理性から、現実には判例によって、要件が事実上緩和されています。早くも昭和20年代に、夫が出征中である場合には嫡出推定は及ばないという判決が出ています。その後、出征ばかりではなく(戦後、出征はあり得ない)、在監中、外国滞在中などの場合に、嫡出推定は及ばない範囲が拡大され、その場合には、親子関係不存在確認請求手続きによることになりました。この親子関係不存在確認訴訟は、民法にも、人事訴訟法にも規定がないまま広く行われ、人事訴訟法で認められたのは平成15年です。
 どういう場合に、この訴訟が認められるかというと、夫の失踪、出征、在監、外国滞在のほか、現在では「事実上の離婚状態」などまで拡大され、外観上父子関係があり得ない場合に限るとする外観説と、真実に基づいて父子関係があり得ない場合も認めるべしとする血縁説、その中間の家庭破綻説があります。判例は外観説です。外観説によれば、夫は生殖不能であっても親子関係不存在確認請求は認められないことになります。
 先ほど、神戸地裁の事件について、無戸籍にしない方法もあったのではないかという気がするといいましたが、それは、この親子関係不存在確認請求ができなかったのかと思ったからです。そのためかどうか、神戸地裁は、この民法の規定は憲法違反ではないという判決を出しました。
 数年前、産院の手違いで、生まれたばかりの赤ん坊が取り違えられて、それぞれ別の家庭で育てられ、数十年たって、それがわかり、実の親子も分かったので、この訴訟が起こされたという事件がありました。最高裁は、実の親子でないとしてもそれを主張できないとした判決を出して話題を投げました。
 したがって、「嫡出否認」を請求できるのは夫だけという規定は緩められるべきであるとしても、妻にも認めるべきか、子にも認めるべきか、利害関係人にも認めるべきか、色々議論があります。1年というのは短すぎないかという議論もあります。「嫡出否認」の規定はこのままにしておいて、親子関係不存在確認請求の範囲を拡大すればよいではないかという考えもあります。皆さんはどうお考えでしょうか。