公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.02.15 (木) 印刷する

米株暴落は「出口戦略」への教訓だ 大岩雄次郎(東京国際大学教授)

 米国のダウ平均株価は1月に過去最高値(2万6616ドル)をつけたのも束の間、2月に入り、5日、8日の1000ドル超の下げを経て、11日、12日と続伸し、2万4600ドル台に戻した。
 一時は1987年のブラックマンデー、2008年のリーマンショックの予兆かと懸念する向きもあったが、足元の経済のファンダメンタルズ(実体経済の基礎的条件)を見る限りでは、過大評価されてきた株価の調整局面(ミニバブル崩壊)とみるのが妥当であろう。
 「世界の株価時価総額」が「世界の名目GDP(国内総生産)」を上回る状況は、1995年以降、4回目だが、過去3回とも株価の暴落につながった。そのことを考えると、今回の米国ミニバブル崩壊を奇貨として、わが国の財政及び金融の抱えるリスクを回避する手立てを早急に実施に移す必要がある。

 ●市場調整のミニバブル崩壊
 近年の米株価が適正水準を大きく超えていることは、昨年来、指摘されていた。2013年にノーベル経済学賞を受賞した米エール大学のロバート・シラー教授が普及させた景気循環調整後株価収益率(CAPEレシオ:企業の過去10年の平均利益を基に算出)は、1999年のITバブル期を除いて、過去100年で最も割高になっているという。
 トランプ政権誕生以降、株価は堅調な景気や企業の業績拡大期待を理由に高値更新を続け、適正水準から乖離する“独り歩き” が助長されミニバブル状況にあったと考えられる。景気の調整には主に、輸出の激減、インフレ懸念、バブルの崩壊の3つが考えられるが、今回はインフレ懸念を背景とするものといわれる。
 今回の株価急落は、直接的には、金利の急上昇を起因としている。2日に公表された米雇用統計の結果が良好であったことで、連邦準備制度理事会(FRB)の利上げに繋がるという連想を投資家に抱かせた。
 さらに昨年の暮れに決まった大型減税に加え、7日には2018、2019の両会計年度について、歳出上限を合計3000億ドル(約33兆円)程度に引上げたことが、将来の財政赤字拡大の懸念を大きくし、投資家の売り心理に拍車をかけたことは明らかである。
 こうした中で、米国株の「売り時」を探っていた投資家による一斉売りが起こり、コンピューターを使った自動取引が下げ幅を拡大したと考えられる。

 ●中長期には不安拡大の懸念も
 パウエルFRB議長が、就任後初となる2月28日の米議会証言でどんな発言をするかが今後の市場の動きを見極めるのに重要となる。
 パウエル氏がグリーンスパンやバーナンキ歴代FRB議長以来の金融緩和策を取るのかは不透明である。ただ、今のところ、イエレン前議長が進めてきた「利上げ計画」、すなわち「金融緩和の縮小」の方針に変更の兆しは見られない。
 つまり、FRBは上述のように、経済が好調であるが故に長期金利が上昇したと判断しているとみるのが妥当であろう。
 足元の米国経済の不透明感は今後、時間とともに払拭されていくと思われるが、中長期的には、米国経済の不安が拡大することも懸念される。
 トランプ政権が12日に議会に提出した予算教書によれば、対GDP比でみた米財政赤字は、2019年に4.7%、2020年には6.8%に拡大するものの、2020年度以降は歳出削減で縮小に転じ、2028年度には1.1%まで縮小する見通しという。
 しかし、潜在成長率が1%台(米議会予算局=CBO)にもかかわらず、経済成長率は向う3年間、毎年3%以上と高めに見込み、高成長は減税効果と相まって2024年まで続くと想定している。長期金利の見通しも甘く、すでに2.8%であるにもかかわらず、2018年平均で2.6%、2019年は3.1%と極めて楽観的である。
 歳入拡大、歳出削減ともに甘い見通しに立つ財政再建計画に疑念が高まれば、投資家は米国債により高い利回りを求める。結果、政府の債務返済は困難となり、持続的経済成長が困難となり、将来の本格的なバブル崩壊に繋がりかねない。

 ●日銀も出口戦略の着手を急げ
 翻って、日本経済はどうであろうか。今回の米国株の暴落は、低金利と好景気の共存シナリオ、つまり好景気でも賃金も物価も上がらず、長期金利も安定しているという不可思議な状態(適温相場)が終わり、景気の実態に即したインフレ率と長期金利に近づいた表れとすれば、財政・金融政策の正常化プロセス(出口戦略)だと理解すべきである。
 こうした折、黒田東彦日銀総裁の再任が事実上決まった。今回の米国株の暴落が、黒田総裁の続投に追い風となったことは十分考えられうる。つまり金融緩和政策の継続により、市場の不安を払拭するという目先の狙いには合致する。ただ、今回の米国株の暴落の背景に、インフレ懸念があるとすれば、これまでの日銀の政策も同様のリスクを抱えていることになる。
 FRBも欧州中央銀行(ECB)も、すでに金融緩和からの出口戦略を表明しているが、日銀だけは、少なくとも公式には出口戦略の入り口にも立っていない。
 世界の主要国でも達成困難な2%という物価上昇の達成を言い訳に、国債の購入を継続する日銀の政策には、むしろ国債の安定消化のために2%目標を掲げているのではないかという憶測まで出ている。日銀による国債購入という事実上の「財政ファイナンス」が、財政及び金融の信頼性を低下させている。
 先進国中、最悪の財政赤字を抱え、財政規律を矮小化し、金融緩和政策に依存し続ける日本経済には、長期金利が上触れしただけで、米国以上のショックが起きることは予想に難くない。今回の米国株の暴落を教訓に、財政及び金融の健全化に一日も早く着手するべきである。