公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.02.27 (火) 印刷する

米国の輸入制限の狙いは何か 大岩雄次郎(東京国際大学教授)

 米商務省は2月16日、中国などからの鉄鋼製品やアルミニウムの輸入が米国の安全保障上の脅威になっているとする調査結果をまとめ、トランプ大統領に大幅な輸入制限に踏み切るよう提言したと発表した。米通商拡大法232条(国防条項)に基づく措置で、大統領は90日以内に制裁措置を実施するかを判断する。
 中国を最大のターゲットとしているのは明らかだが、実際に制裁措置が発動されれば、同盟国・日本の対米輸出にも影響が出そうだ。ただ、こうした「米国第一」の一国主義は、自らも含めて世界経済の縮小をもたらすことは自明だ。トランプ政権は、世界経済の成長にとって解消すべき本当の障害は何かを見誤ってはならない。

 ●一国主義の効果は小さい
 商務省の調査によれば、米国は世界最大の鉄鋼輸入国で、輸入は輸出の約4倍に及ぶ。鉄鋼産業は衰退の一途で、雇用は1998年以降35%減少した。
 一方、中国は最大の生産国かつ最大の輸出国で、過剰生産が問題視されている。中国の月平均生産量は、米国の年生産量にほぼ匹敵する。米国としては、この状況で市場に委ねていては、中国の対米粗鋼輸出は短期間で改善されることはないと考えたのだろう。
 問題は、輸入制限の効果だ。中国からの鉄鋼製品の輸入量は、2017年(年率換算)では全体の2.2%にとどまっているからだ。大規模な反ダンピング関税・補助金相殺関税が、既にオバマ政権時から実施されてきた結果で、追加課税をしても、その効果は限定的だ。商務省がトランプ大統領に勧告した輸入制限案は3案からなるが、関税率が最も軽い第1案を実施した場合は、対中輸入制限の効果はむしろ弱まる恐れさえある。
 今回の対中政策の効果を判断する際の眼目は、これまでの是正措置によっても中国の過剰生産を解消できなかったことだ。さらに、新たな輸入制限が実施されれば、鋼材価格の上昇を通じて、トランプ政権の看板政策であるインフラ投資にも悪影響を及ぼしかねない。自動車や建設機械などの業界にも国際競争力を削ぐリスクになる。追加制裁の狙いが、中間選挙対策にあるとしたら、逆効果となる可能性がある。

 ●問題の根源は中国にある
 今回の制裁措置の根拠が国家の安全保障問題にあるとしても、制限対象国が世界貿易機関(WTO)協定に違反していると俄かに判断できない以上、むしろ紛争を長期化させ、世界経済を下振れさせかねない。
 問題の根源は、中国による不公正な貿易取引にもある。中国政府は、鉄鋼の生産設備削減など、過剰生産について構造改革を行うと宣言したものの、成果を上げていない。むしろ、不動産価格の上昇を受けて、鉄鋼生産は以前の生産量に逆戻りしているのが実情だ。
 鉄鋼の世界的なダブつきは、中国の鉄鋼産業によってもたらされている。実質的な国営企業として多額の補助金や優遇策を受けていることが市場を歪めている。米国の一国主義だけに結び付ける矮小化された議論は、問題の核心を曖昧にする。今や、資金力に物を言わせ、経済覇権ばかりか政治的野心も隠そうとしない中国を利するだけである。
 トランプ大統領は23日、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)について、米国にとって良い内容になれば復帰すると重ねて表明した。韓国もTPP参加の可能性を探っている。日本としては、まずは米国抜きのTPP11の発効を急ぎ、自由貿易推進の具体的な枠組みとして拡大していく必要がある。鉄鋼市場に限らず、全ての市場で自由かつ公正な取引が実現できるように全力を挙げるべきだ。