公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.02.27 (火) 印刷する

モルディブに「一帯一路」の正体を見た 湯浅博(国基研企画委員)

 中国の習近平政権による現代版シルクロードの経済圏構想「一帯一路」の正体が、ようやく見えてきたのではないか。拡張主義の中国にとって、途上国によくある権力の腐敗、宗教の対立、経済格差の混乱は格好のターゲットになる。その地が、戦略的要衝であれば、間違いなく手を突っ込んでくるだろう。インド洋に浮かぶ小国モルディブは、その受難をまともに被った。
 美しいサンゴ礁と1000以上の島々からなるモルディブは、ゆっくりと時間が流れる世界的に有名なリゾート地であった。おおむねインドの影響下にあり、1988年のクーデターの際は、インドが軍を送って傭兵部隊を鎮圧したことがある。2008年に選ばれたナシード大統領が辞任する2012年まで、この島嶼国家は緩やかに民主的に統治されてきた。
 2013年の大統領選で実権を握ったヤミーン氏が、ナシード氏ら野党有力者を相次いで逮捕して強権をふるった。この政権を支えたのはイスラム原理主義勢力である。モルディブの最高裁は今月に入って、過去の判決を覆し、ナシード氏ら野党政治家9人の釈放を命じた。すると、ヤミーン大統領は2人の最高裁判事を拘束し、これに対抗する警察が、今度はヤミーン大統領の異母兄であるガユーム元大統領を逮捕して政局は混乱を極めた。

 ●借金漬けで乗っ取り狙う
 地図を見ればわかる通り、モルディブはインド大陸の南端に広がる無数のサンゴ礁と環礁からなるちっちゃな島嶼国家だ。南シナ海から中東方面に向かう船舶は、必ずここを通過しなければならない要衝で、この地政学的環境だけでも、中国が食指を動かすのに十分な理由がある。
 しかも、モルディブは他の南アジア諸国と同じくインドの勢力圏にある。中国は近年、その影響力をそぐためにパキスタンはもとよりネパール、スリランカを切り崩し、昨年11月末にはモルディブと貿易協定を結んだ。その小国の政治が瓦解していれば、帝国主義流に「乱してこれを取る」という鉄則の半分は満たされている。あとは何で釣るかである。
 中国は以前から様々なインフラ契約を結び、習政権になってからは「一帯一路」の一環として、モルディブに高利の借款を供与して、港湾などの公共工事でがんじがらめにした。国際通貨基金(IMF)によると、この結果、モルディブの対外債務は2021年には国内総生産(GDP)の51.2%に達して借金漬けになってしまう。
 亡命中のナシード元大統領が米紙ウォールストリート・ジャーナルに答えて、中国はすでに16の島々を収奪し、現在進行中の3つのプロジェクト向けの借款で、国家債務の8割近くを占めているという。このままでは、隣国スリランカ以上に深刻な事態を迎え、モルディブそのものが中国に乗っ取られるとの警戒感を示していた。

 ●日米豪印で積極的連携を
 米国のティラーソン国務長官は中国によるこの「債務のワナ」について、中国が国家主導で投資する体裁をとりながら、中国人労働者を送り込み、返済できない規模の資金を貸し付けていると指摘した。そのうえで長官は、「チャイナモデルは中国経済を養うために貴重な資源を搾取し、しばしばその土地の法律や人権を無視する」と非難し、「経済力を駆使して自らの勢力圏に引き込もうとする」と、ことの本質を雄弁に突いた(2月1日の米テキサス州立大学での講演)。
 ティラーソン長官は2017年にも、中国のインフラ投資を「略奪経済」と批判しており、アメリカ主導の国際秩序に挑戦する習政権に警戒感を強める。先のウォールストリート・ジャーナル紙の記事は、「習近平氏の一帯一路構想は、中国の影響力拡大を最優先にしており、モルディブはその巻き添え被害の一例である」と、その正体を見極めている。
 南アジア地域の貧しい小国にとって、中国の融資は魅力的に映る。彼らに対する中国の影響力は拡大し、インドは守勢に立たされている。警戒すべきは、中国の重商主義の権益拡大が、貿易面にとどまらずに軍事面にも及んでいることである。すでに紅海に面したジブチに軍事基地をつくり、パキスタンでも同様に探っている。
 独立色の強いインドが、日米豪との連携を強めるのも故なしとしない。インド太平洋戦略を掲げる安倍晋三政権は、日米豪印の安全保障枠組みの中で積極的に連携をとるべきであろう。