公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.04.16 (月) 印刷する

日米で「拉致」解決目指す重要さ 久保田るり子(産経新聞編集委員)

 日米首脳会談の日本側の課題は①非核化プロセスに関する認識のすり合わせ②日本人拉致問題に対する米国の立場の確認-である。しかし、5月または6月初旬に開かれる予定の米朝首脳会談における拉致問題の取り上げ方は簡単ではない。史上初の米朝間のトップ会談という機会をとらえ拉致問題を解決へ導く妙手はあるのか。
 横田めぐみさんが拉致されて昨年秋で40年が経過した。昨年9月、トランプ大統領は国連総会の演説で拉致問題に言及し、その年11月の来日では拉致被害者家族にも面会した。現在、日米間には通商摩擦はあるものの、両国関係はこれまでになく良好だ。歴代大統領の中でもトランプ氏ほど拉致問題に関心を示した人物はいない。
 北朝鮮は追い詰められなければ拉致問題で動かないことを我々は知っている。彼らは核ミサイル開発への懲罰で輸出の9割を止められ、輸入でも石油製品の9割が禁止された。その結果として対話路線に転じたのである。この機会をどう生かすのか日本政府の力量が問われている。

 ●「日本はずし」に懸命な北
 北朝鮮の対話路線は、追い詰められた彼らが自ら演出してきたものだ。しかし、対話攻勢のなかでも唯一、日本に対してだけは非難を続けている。朝鮮労働党機関紙「労働新聞」や朝鮮中央放送の論説などを通じ、自衛隊や安倍晋三政権への批判を繰り返している。
 加えて朝鮮総連系の日朝関係者は日本メディアや政界に向け、「日朝首脳会談が動き出す」「北朝鮮は『拉致問題は解決済み』と日本政府に伝えた」などの情報をしきりに流している。北朝鮮はいま、「日本はずし」を懸命に仕掛けているのだ。
 対北圧力が最も強い日本を、この機会に孤立させようという目論見のようだ。日本は、良好な日米関係から安倍首相がトランプ大統領にさまざまな助言を送ってきた。在日米軍は対北圧力の最重要基地になっている。北朝鮮は、拉致問題を日本の急所とみて、ことさらに否定して自らの交渉力を上げようとの対日心理戦を仕掛けているようだ。
 17、18日に米フロリダで行われる日米首脳会談では、米朝首脳会談に臨む基本姿勢についての確認が十分な時間をかけて行われるだろう。日米首脳間ではトランプ氏が拉致問題に言及することについても合意するとみられる。
 しかし、実際に首脳会談で、トランプ氏が北朝鮮に抑留されている米国人解放とともに人道問題としての日本人拉致を指摘したとしても、被害者解放を実現するには、日朝間でも協議、場合によっては首脳会談が必要となるだろう。

 ●金正恩最大の弱点を衝け
 人道問題は金正恩の最大の弱点である。34歳の正恩は自分のイメージに固執している。4年前、米国で当人を強烈に皮肉った映画が製作されたときは大規模なサイバー攻撃を仕掛けて脅迫し、全米公開を中止に追い込んだ。叔父の張成沢や異母兄の金正男を残忍な方法で粛清、暗殺したが、そのことで自身の残虐性が国際社会に定着したことに八つ当たりし、腹心であった黄炳瑞(元組織指導部第一副部長、前人民軍総政治局長)らを更迭した。
 日本人拉致、外国人拉致、政治犯収容所、政敵のおびただしい粛清などの人道問題こそが、核ミサイルで武装し内外ともに隠ぺいしなくてはならない金一族の最大の罪悪であり、金正恩はその罪悪を背負って世襲した。
 非核化をめぐる米朝首脳会談の行方はなお見通せないが、米朝協議に広く北朝鮮の人道問題を加えることで拉致問題にも展望が開けるはずだ。若い金正恩には、自らの行く末は完全な非核化と人道問題の全面的解決にしかないことを理解させていく必要がある。それによってのみ体制保証と大規模な経済支援の獲得は可能であると日米が担保すれば、北朝鮮は戦略的決断を考慮する可能性がある。
 いずれにしても、今回の日米首脳会談は、「第3次朝鮮半島核危機」ともいえる現状への対応の第1歩となるだろう。日米の主張するCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な核解体)には拉致問題を含む過去からの人道問題の解決が含まれる。日米の緻密で大胆な青写真を期待したい。