公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2018.04.18 (水) 印刷する

シリアの化学兵器は「法の支配」への挑戦 黒澤聖二(国基研事務局長)

 米英仏3カ国は現地時間13日、シリアのアサド政権が化学兵器を使用したと断定し、ダマスカスなどの関連施設3カ所に対しミサイル攻撃を実施した。端緒は今月7日、反体制派が支配するシリアの東グータ地区ドゥーマに対し、シリア政府軍が化学兵器攻撃をした疑いが持たれたことだ。
 米国はシリア政府及びアサド政権を支援するロシアやイランを非難し、軍事オプションも辞さない構えを示し、反体制派にこそ責任があるとするアサド政権とロシアとの対立が激化していた。7日の戦闘の結果、反政府勢力はドゥーマから、解放された捕虜や家族とともに撤退したという。米英仏の攻撃は、そのような中で行われた。

 ●アサドの増長招いた撤退表明
 そもそも国際法は他国への武力攻撃を原則認めない。しかし、自衛権の行使などは例外措置として国連憲章で認めており、人道的介入もそうした例外措置として実行されてきた。今回14日の国連安保理緊急会合でロシアは、米英仏の攻撃は国際法違反だと非難したが、英国は「人道的観点」からの正当性を主張した。
 米国のトランプ大統領は、人道問題では強気に出る。しかし、その原因を作ったのは大統領自身ともいえる。マケイン上院議員は8日、自身のツイッターで、米軍の「シリアからの撤退表明がアサドを大胆にさせた」と指摘した。大統領は自身の判断ミスを取り返そうと躍起になったのかもしれない。いずれにしても、人道上看過できない問題として米英仏はミサイル攻撃を決断したことになる。
 国際社会から非難され、攻撃されるリスクがありながら、なぜ化学兵器は使用され続けるのか。それは製造が比較的安価かつ容易で、他の民生用の化学剤との区別がしにくいため秘匿もし易いからだ。使用する側に被害が出ず、少ない兵力で運用できるメリットがある。
 加えて、ロシアでは国内の暴動鎮圧用に使用実績があり、相手に対する心理的抑止効果は絶大だ。だからこそ反体制派勢力は、早々とバスを連ねて撤退している。

 ●大国介入で調査の信頼性に疑念
 では、実際にシリア政府は化学兵器を使用したのか。民間団体が現地で撮影したとされる映像が公開されており、それを見た限りでは、確かに何らかの毒性化学物質が使用されたように見える。
 シリアは昨年も化学兵器による攻撃を行った実績がある。国連と化学兵器禁止機関(OPCW)の共同調査機関がその使用を認定している。その時は、米軍がシリア空軍基地に対しミサイル攻撃を限定的に実施した経緯がある。疑いは濃厚だろう。
 今回の件ではOPCWが単独で調査団を派遣し調査するという。しかし、米国が国連の場で指摘したように、シリアを軍事支援するロシアの介入により、調査自体の信頼性が疑われている。
 国際条約を担保する組織に疑問符が付くことは、条約そのものへの不信につながる。これまで国際社会は一致団結して化学兵器を廃絶しようと努力してきた結果、化学兵器禁止条約(CWC)を作り、すでに192カ国が締約国となっている。シリアもその一員だ。この条約には査察制度があり、実行する機関としてOPCWを持つが、仮に大国が調査に介入して結果を操作できるのであれば、「法の支配」は揺らぐ。
 加えて、時間が経ってからの調査では、化学兵器使用の痕跡は発見が難しい。それが化学兵器の特徴だ。大国間の駆け引きにより、国際機関が機能マヒに陥り、調査が遅れることは、不正使用する側を利するだけだ。迅速な対応が必要とされる。

 ●具体的改革が必要なOPCW
 わが国とて無関心ではいられない。南シナ海では中国が海の「法の支配」に断固抵抗するように人工島の軍事要塞化を進め、朝鮮半島では北朝鮮が人権無視の拉致を継続する。わが国周辺はシリア以上に無法地帯化していると言っていい。
 CWC非加盟の北朝鮮とシリアが軍事的に連携している可能性もある。まずは、CWCが有効に機能するためOPCWを真に公平中立で独立した機関となるよう具体的な改革が必要だ。OPCWは実績を評価され2013年にはノーベル平和賞を獲得したが、結局はシリアの化学兵器使用を抑止できずにいる。