公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.08.29 (水) 印刷する

ポンペオ訪朝中止で分かったこと 島田洋一(福井県立大学教授)

 ポンペオ国務長官が新任のスティーブン・ビーガン北朝鮮担当特使を伴って会見し、「彼と私は来週、目的に向かってさらなる外交的進展を得るため、訪朝することになる」(He and I will be traveling to North Korea next week to make further diplomatic progress towards our objective. )と発表したのが8月23日。トランプ大統領が、「朝鮮半島の非核化に関して十分な進展が得られていないと感じる」(I feel we are not making sufficient progress with respect to the denuclearization of the Korean Peninsula)として、ポンペオ訪朝の中止を指示したとツイートしたのはその翌日のことである。
 通常の政権なら、国務長官の辞任につながりかねない異例の展開だが、トランプ政権に関しては、通常の感覚で細かな批判をすることに意味はない。それどころか、重要な政策的意味を見失いかねない。この場合も、トランプ大統領の動きには積極的意義が認められる。

 ●国務省の前のめり正したトランプ
 国務省には、交渉の継続を自己目的化させ、小出しに譲歩する組織的悪弊がある。ポンペオ長官が、意識的、無意識的に、国務省の官僚組織に取り込まれないよう手綱を引き締める役割は大統領以外には果たせない。
 7月初旬のポンペオ訪朝は非核化に向けて何の進展も生まず、しかも大国アメリカの国務長官が遠路訪れたにも拘わらず、金正恩は表敬すら受けなかった。内容的にも儀礼的にも「なめた」対応である。
 にも拘わらず、具体的展望も独裁者との面談約束もないまま、再び国務長官が北に飛ぶという(常識的には、次は北が高官をワシントンに送る番である)。明らかに、国務省らしい前のめりの対応であり、間違ったメッセージを北に送りかねない。
 大統領が直前にキャンセルを指示したのは正解だった。内容的にも、トランプ氏が「非核化に関して十分な進展が得られていない」と、シンガポール首脳会談以降初めて明言したことは大きい。中国が国連安保理の制裁決議に違反して北との取引を拡大し、非核化プロセスを妨害しているとの趣旨を述べたのも有意義である。

 ●「大統領は常に、火には火で戦う」
 現在、トランプ政権は、知的財産権の侵犯をめぐって中国への経済圧力を強めているが、国連制裁決議破りは、中国の大手銀行への金融制裁など、さらに踏み込んだ措置を可能にする。中朝を同時に締め付ける措置として、ぜひ踏み込んで欲しいところだ。日本も様々な形で協力せねばならない。
 さてツイートの最後をトランプ氏は、「金委員長に心からよろしくと言い、敬意を表したい。また会う日が待ち遠しい!」と結んでいる。
 去年までの北朝鮮なら、「制裁を維持しながら会いたいなどと、ふざけた老いぼれの妄言を一顧だにしない」などと反応しただろうが、斬首作戦の恐怖が身に染みた金正恩としては、怖くて言えないだろう。
 「大統領は常に、火には火で戦う」(He always fights fire with fire.)。規律違反で解雇され、大統領非難の本を出版したオマローサ元補佐官(黒人女性)を「犬」と呼んだトランプ氏の対応の是非を問われた際のサンダース報道官の答えである。トランプ氏において唯一ぶれない行動原理といえる。
 最後にスティーブン・ビーガン特使について触れておこう。彼はレーガン大統領の盟友で、「国務省との戦い」を公然と掲げたジェシー・ヘルムズ上院外交委員長(故人)の下で補佐官を務め、人脈を拡げた。元々ロシア・東欧が専門で、北朝鮮に関する知見は明らかでないが、簡単に国務省に取り込まれることはないだろう。