トランプ米大統領と中国の習近平国家主席は12月1日、ブエノスアイレスでの首脳会談で、90日間の交渉継続を条件に「貿易戦争」を一時休止し、追加関税の25%への引き上げを当面見送ることで合意した。
ただ、この合意は貿易戦争自体の収拾ではなく、当面、現状に留めるだけのものである。共同声明には至らず、米中が個別に発表した声明で中国は90日間の交渉期限にすら言及せず、米国は「1つの中国」政策に触れなかった。両国の溝は依然大きいことが窺われる。
トランプ政権の強硬姿勢は、近年の中国の台頭ぶりに対する米国の危機感と裏腹である。中国としては、米政権の真意を慎重に見極めたいところだろうが、今後の交渉で対応を誤れば両国の戦線拡大を引き起こしかねない。
●スプートニク・ショック再び
米国経済はいま、人工衛星の打ち上げでソ連に先を越されたスプートニク・ショック再来の様相を呈していると思われる。
中国は人件費の安さを武器に、いまや製造業分野で世界ナンバーワンの位置にある。世界製造業に占める中国のシェアは、日米が大きく低下させたのに対し、2014年には世界の生産額の約25%を占めるに至っている。
この量的拡大の成功を背景に中国は、「インターネット+製造業」の視点から中国の製造業の高度化戦略を推し進めている。
世界知的所有権機関(WIPO)の12月3日発表によれば、2017年の特許出願件数は過去最高の317万件に上ったが、出願国別では中国が138万件と全体の約4割を占め、7年連続で首位になった。
中国のネット大手3社(バイドゥ、アリババ、テンセント)によるデジタルエコノミー(情報処理技術によって生み出された経済現象)分野への移行では、米国に追いついたとも言われる。
中国は自国内の同分野については米国企業の参入を規制しており、米国勢はこの分野では中国企業の成長を抑え込めていない。さらに人工知能(AI)や自動運転技術、顔認識による監視カメラシステムなどの分野でも中国は独自の進化を始めたことが、米国の危機感を醸成する背景となっている。
●急拡大する対中警戒論
米中首脳会談では、中国側も自動車関税の引き下げや米農産品などの大幅輸入拡大の方針を示すなど歩み寄りを演出した。
しかし、トランプ政権が不満を持っているのは、国営企業に対する政府の補助政策、米企業に対する技術の強制移転、知的財産権の侵害、サイバー攻撃によるスパイ行為など、中国の不公正な貿易慣行である。中国は知的財産権の保護強化などで協議を始めることに合意したが、90日以内に実効性のある結論を出すことは極めて困難である。
米国社会では対中警戒論が急速に広がっている。米政府は、中国の経済侵略が米国のみならず、世界中で技術や知的財産権を侵害している実態を詳細に報告している。また、米シンクタンク、フーバー研究所は、首脳会談直前に発表した報告書で、米国の議会、政府、大学、メディア、企業、技術など8つの分野でいかに中国が影響力を浸透させてきたかを詳細に調査して警鐘を鳴らしている。
制裁関税の応酬に終始する貿易戦争では、中国の重商主義体制を変えることは不可能である。米国だけでなく、世界で対中警戒感が台頭する中、自由で公正な経済圏を拡大し、自由主義諸国による中国包囲網を進めることが、最も効果的な対中政策である。日本のリーダーシップが問われる局面だ。