公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.12.07 (金) 印刷する

国際司法への提訴は万能ではない 島田洋一(福井県立大学教授)

 日本企業に戦時朝鮮人労働者への賠償支払いを命ずる判決が韓国で相次いでいる。これに対し、国際裁判に訴えるべきであり、日本の勝利は間違いないとの声が政府内外で聞かれる。しかし、国際司法の場に持ち出す上では慎重な検討も必要だ。
 外務省からは、政治家に対し次のようなレクチャーも行われているらしい。
 ≪2014年にオーストラリアが日本を国際捕鯨取締条約違反で訴えた裁判で、国際司法裁判所(ICJ)は、日本敗訴という「まさかの」決定を下したが、これは「あり得ない」逸脱である。2016年、南シナ海仲裁裁判所が、ほぼ全ての提訴項目でフィリピンの主張を認め、中国の行動を国連海洋法条約違反とした事例に明らかなように国際司法は充分信頼するに足りる≫

 ●「まさか」だった捕鯨裁判
 この内、捕鯨裁判が、「まさか」どころか余りに分かりやすい結果であった事情は、11月22日付本欄の拙稿「国際司法裁判所の実態見据えよ」を参照いただきたい。
 以下では、南シナ海仲裁裁判について、基本的ファクトを見ておこう。
 国連海洋法条約は第287条で、加盟国は、国際海洋法裁判所、国際司法裁判所に加え、附属書Ⅶに基づく仲裁裁判所、附属書Ⅷに基づく特別仲裁裁判所の内から「手段を自由に選択」して紛争事案を付託できると定めている。
 このうちフィリピンが選択したのは附属書Ⅶに基づく仲裁裁判所だった。国際海洋法裁判所と国際司法裁判所は手続き開始に両当事者の合意が必要なためである。
 海洋法条約は付属書Ⅶで次のように仲裁手続きを定めている。各締約国はそれぞれ4人の仲裁人を指名し、名簿を国連事務総長が保管する。
 仲裁裁判所は5人の仲裁人で構成され、まず紛争当事者が1人ずつ仲裁人を任命する。その際、前述の「名簿から選出することが望ましく、当該仲裁人を自国民とすることができる」。
 残る3人の仲裁人は、第三国の国民から「紛争当事者間の合意によって任命される」が、60日以内に合意できない場合は「国際海洋法裁判所長が必要な任命を行う」ことになっている。

 ●「南シナ海」は異例と見るべし
 さて、南シナ海をめぐる仲裁裁判の場合だが、フィリピンが1人の仲裁人を任命したものの、中国は領有権問題は仲裁の対象外等と「門前払い」を主張し、1人も任命しなかった。任命すれば手続き開始に合意した形になるからである。
 そのため、残る4人の仲裁人については国際海洋法裁判所長が任命したのである。当時の所長は日本出身の外務省OB、柳井俊二氏であった。
 結局、南シナ海の仲裁裁判所の構成は以下のようになった。
 裁判長を務めたトマス・メンザ氏(ガーナ出身)は初代海洋法裁判所長。ジャン・ピエール・コット(フランス出身)、スタニスラフ・パブラク(ポーランド出身)、リューディガー・ウルフルム(ドイツ出身)の3氏は海洋法裁判所の現職判事で、残るアルフレッド・スーンズ氏(オランダ出身)は著名な海洋法学者だった。
 中国は裁定を「単なる紙くず」と罵倒し、「アメリカが背後で操り、フィリピンが主役を演じてみせ、日本が脇役として共演した反中茶番である」(新華社)と非難したが、客観的に見て常識に適った人選だったと言えよう。
 以上、南シナ海仲裁裁判は公正な裁定結果となったが、それは中国がボイコットしたが故であった。むしろ異例のケースと見なければならない。国際司法の場は万能ではない。安易な期待は禁物である。
 朝鮮人戦時労働をめぐる韓国への対抗措置としては、やはり日本による独自制裁を基本とすべきだろう。