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2019.01.16 (水) 印刷する

「平和条約」に冷ややかなロシア 名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)

 安倍晋三首相が悲願とする日露平和条約締結に向けて本格交渉が1月から始まるが、交渉をめぐる環境は友好ムードとは程遠い。ロシア側は対日強硬発言を繰り返し、刺々しい雰囲気だ。交渉前に要求を高く掲げるロシア特有の交渉戦術の可能性もあるが、これでは平和条約を結んでも関係改善は難しいだろう。

 ●強硬姿勢目立つ対日外交
 ロシア外務省は1月11日、外相会談に先立って声明を出し、「4島へのロシアの主権を含め、第二次大戦の結果を完全に認めることが主要な条件だ」と強調した。「不法占拠」という日本の立場の放棄が条件という強硬な主張だ。
 ラブロフ外相も昨年末、「日本が立場を変えないなら、われわれも一切変えない」などと、喧嘩腰の発言を繰り返した。プーチン大統領も年末の記者会見で、島に米軍基地が置かれないという確約なしには、重要な決定を下せないと述べ、非武装化などの確約を要求。日本の安保政策にも注文を付けた。
 安倍首相は新年に当たり、「今年が平和条約問題の転機になる」「帰属が移行した場合は北方領土住民の理解を得ることが重要」と述べたが、ロシアの交渉代表を務めるモルグロフ外務次官は早速、上月豊久駐露大使を呼びつけ、「首相発言は日露首脳の合意を歪める」「解決へ独自のシナリオを押し付けようとしている」と抗議した。
 外務省高官が首相を直接批判するのは外交慣例上も非礼だろう。ロシア側は嫌々やっており、平和条約にあまり関心がない印象を与える。ロシアでは、2島を引き渡すことに保守派らの批判があり、政権は神経質になっているようだ。
 河野外相らがロシア側の発言にコメントを避け、反論しないことも気になる。場外戦ではロシアの圧勝で、日本はやられっ放しの印象を第三国に与えてしまう。

 ●日露より中露に関心か
 要するに、日露間には平和条約を結ぶような友好ムードがみられないのだ。1978年に日中が平和友好条約を締結する前は、日中友好ムードが両国に広がり、両国国民は条約を歓迎した。
 もっとも、中国は1990年代から反日路線に舵を切り、日中関係はすっかり対決モードとなった。78年の条約締結では、中国は主敵のソ連を孤立させるため、「反覇権条項」を加えるよう求め、日本側も応じたが、今からすれば、日本政府・外務省が中国にうまく利用された感がある。
 今日、中露関係は「史上最良」(習近平国家主席)とされ、変転が著しい。日中条約はソ連を意識した条約だったが、日露条約も中国を意識した条約になろう。
 ロシア指導部からは、日本に批判的な発言の一方で、中国には歯の浮くような発言が目立つ。メドベージェフ首相は昨年末、「中露関係はかつてなく緊密で、関係を格上げすべきだ」と語った。プーチン大統領も「中露は軍事同盟ではないが、事実上の同盟国だ」と述べたことがある。
 ロシアの一部学者の間では中露同盟論も出ている。歴史的経緯から同盟の実現は容易ではなかろうが、仮にこのまま中露の本格接近が進めば、北方領土返還機運も吹き飛ぶだろう。今後の日露平和条約交渉は中露関係をにらみながらの神経質な展開となる。