米国の政府・議会が一丸となって推進するアジア再保証戦略がスタートして、中国の習近平政権を慌てさせている。この裏付けとなるのが「アジア再保証推進法」(ARIA)で、米上下両院により全会一致で可決され、トランプ大統領が昨年12月31日に即時署名した。このARIAは、米中貿易戦争がハイテク覇権争いの様相を濃くしているところから、トランプ政権が安易な取引や妥協をしないようクギを刺した形だ。
法案の成立が年末になった関係で、あまり報じられてないので法の中身にも言及したい。ARIAは条文のいたるところで、議会が超党派でトランプ政権に「should」、つまり「~すべきである」との義務的な表現を多用し、対中外交に厳しい対応を求めているのが特徴だ。習近平国家主席には貿易戦争を含めて、米国が対中包囲網をジワジワと拡大したものと映るだろう。
●同盟関係の強化を再確認
ARIAは中国の影響力拡大に対抗するトランプ政権のインド太平洋戦略を、外交、安全保障、経済、人権などで包括的に肉付けしており、昨年10月4日のペンス副大統領の対中政策演説に呼応している。中国に対しては、米国が築いたパクス・アメリカーナに挑戦する覇権国家であることを示唆したうえで、「重大な懸念」と位置づけ、市民社会と宗教の活動を制限し、インド太平洋地域にあっては法に基づく国際秩序を害していると指摘した。
とりわけ、ARIAは「同盟強化」を求め、第1に日米同盟を挙げたのは当然として、インドに対しても「戦略的パートナーシップを同盟国なみのレベルに引き上げる」と明記し、東南アジア諸国連合(ASEAN)については戦略的パートナーに格上げして関係強化を求めている。このためのアジア向け軍事、経済支援に2023年までの5年間に、各年度で15億ドルが国務、国防両省に充てられる。
●台湾との「6つの保証」も復活
さらに、台湾に対しては武器売却と政府高官の訪問をあげて、文字通り「再保証」を表明している。しかもARIAは、「台湾への武器供与の終了期日を定めない」などレーガン政権が台湾に約束した「6つの保証」まで復活させている。
台湾は即座に感謝の意を表明したが、中国はトランプ大統領の署名から2日後に、あえて台湾向けの演説で「祖国統一は必須であり、必然」と踏み込み、一国二制度の具体化に向けた政治対話を迫った。そのうえで、台湾独立勢力に対して「武力行使も放棄しない」とクギを刺している。
しかし、台湾側は、「一国二制度」が、1997年に返還された香港に適用されながら、実態は共産党体制に組み込まれて約束がホゴにされていることを知っている。蔡英文総統はその日のうちに声明を出し、「絶対に受け入れない」と毅然と突き放した。
中国による脅しは、逆に台湾人意識を呼び覚まし、逆効果を生むことは経験済みのはずだ。案の定、昨年11月の地方統一選で大敗した蔡英文総統の支持率が、脅迫という追い風でもち直してきた。米中とも2020年1月の総統選に向けて、台湾への影響力の行使が強化されてこよう。
●米議会・政府一体の指針に
習政権はインドに対しても、この春のインド総選挙を前に習主席が訪印して、なんとかトランプ政権が進めるインド太平洋戦略の一角をつぶしたい構えだ。習主席の訪印は、総選挙を控えるモディ首相にとっても、外交的成果をアピールできる機会となり、恩を着せることができるというわけだ。
ARIAは大統領に日印豪などと安全保障分野で連携を深めるよう求めており、中国はインドに若干の温度差を見越して対中包囲網に組み込まれないようクサビを打ち込もうとしている。
ちょうどそれは、習主席が18年9月、1週間後に総裁選を迎える安倍首相と東方経済フォーラム出席を機にロシアで会談し、「10月訪中を歓迎する」と述べて花を持たせたのに似ている。日本との間で安全保障問題を抱える中で、米国との関係を牽制して日米分断を狙いたい思惑からであろう。
しかし、ARIAは一時的な米中交渉だけを見るのではなく、インド太平洋地域の長期的な戦略ビジョンに基づいている。ARIAは17年12月の国家安全保障戦略や18年1月の国家防衛戦略、3月の台湾旅行法、8月の国防権限法の成立によって対中政策が構築されていく中で、インド太平洋の地域戦略として米政府、議会が共通の立場で取り組む指針になる。