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2019.06.17 (月) 印刷する

冷静な議論必要な「2000万円不足」 大岩雄次郎(国基研企画委員兼研究員)

 またもや年金問題が政争の具にされている。金融審議会の市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」(令和元年6月3日)を巡る、いわゆる「年金2000万円不足」騒動である。
 報告書内容を真正面から論じることなく、野党は、「安心詐欺」「年金破綻」と煽り、政府も報告書の撤回要求や受け取り拒否など火に油を注ぐが如くの不適切な対応で混乱を一層加速させた。
 政府も野党も国民に伝えるべきものは伝え、われわれもテレビのワイドショーを見る前に自ら報告書を読み、年金問題、延いては社会保障制度全般の抱える本質的な問題を理解する自立心が求められる。

 ●金融審報告書の内容は妥当
 当該報告書の論点整理は極めて冷静で、妥当な内容である。確かに、報告書の21ページ目には「95歳まで生きると、公的年金以外に2000万円の資金が必要である」という内容の記述がある。ただし、正確には以下のとおりである。
 「夫 65 歳以上、妻60 歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ20~30 年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1300 万円~2000 万円になる。この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。(中略)重要なことは、長寿化の進展も踏まえて、年齢別、男女別の平均余命などを参考にしたうえで、老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることである」
 そもそも年金だけで老後の生活を賄えないことは、30年以上も前から広く認識されていた。民間金融機関も生命保険会社も老後資金の目安を掲げ、貯蓄の必要性を謳い、郵政省も老後資金の不足額の試算を公表し、参議院小委員会でも議論されている(第101回国会 国民生活・経済に関する調査特別委員会高齢化社会検討小委員会 第2号)。
 この問題を恰も初めて聞いたが如く徒に騒ぐ野党は、むしろ不明を恥じるべきである。政府も年金を含めた社会保障財政の実態を正確に国民に伝えているとは言い難い。

 ●「年金だけで足りる」は誤解
 わが国の年金は保険である。長生きするリスクに備え、早逝した人の保険料を長生きした人に渡して補償する保険である。つまり、現役世代の人口が減って保険料収入が少なくなろうが、平均寿命が延びて給付額が増えようが、人口動態の予測に基づき、社会環境に合わせて保険料と給付額を調整すれば破綻しない制度である。
 現行の年金制度は、将来の現役世代の保険料負担が重くなり過ぎないように、国庫負担や積立金の活用などを含めて、将来の保険料水準や年金財政の収入を決め、この収入の範囲内で給付を維持できるように平成16年の年金制度改正で「マクロ経済スライド」を導入した。ただし、現在の年金制度はモデル世帯で現役世代の手取り収入の50%を確保すると謳っているが、それは「年金だけで足りる」という意味ではないことは言うまでもない。
 年金を含めた社会保障制度の持続性について、抜本的制度改革が必要なことは誰の目にも明らかである。にもかかわらず旧民主党の政権下も含めて、政府も与野党も積極的に改革に取り組む姿勢は見られない。
 2008年に自民党政権下で議論が始まった「社会保障と税の一体改革」は、2012年の民主党野田政権下で、民主、自民、公明の3党合意に至ったが、今に至るまで抜本的な改革は実現していない。
 政治ゲームばかりに血道を上げる与野党の政治家には猛省を促したいが、同時にわれわれ一人一人も、老後まで社会に頼ろうとする依存心を克服し、自立する気概が求められる。