公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.07.17 (水) 印刷する

日本を直撃する米国の利下げ 大岩雄次郎(国基研企画委員兼研究員)

 米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が7月10日の米議会証言において、7月末にも利下げに転じる意向を表明したことで、市場の利下げ期待は確実に膨らんだ。それどころか、一部に、金融緩和の期待まで生んでいる。
 利下げが実施されれば、2008年12月以来10年半ぶりとなり、これまでのドル高円安の基調を反転させるリスクが高まる。そのとき、出口戦略を模索すべき日本銀行にとって、進むも地獄、退くも地獄、立ち止まることさえ困難な局面に陥る可能性を否定できない。

 ●不安ぬぐえぬ米経済の減速
 世界経済が減速感を強める中、比較的堅調に推移していた米国経済も減速が懸念されている。米商務省が6月27日に発表した1~3月期の実質国内総生産(GDP、季節調整済み)確定値は、前期比年率換算で3.1%増であったが、内需の弱さが懸念された。米経済の3分の2以上を占める個人消費の伸びは0.9%増と、改定値の1.3%増から下方修正された。1年ぶりの弱い伸びとなった。
 トランプ政権による1兆5000億ドル規模の減税政策の効果が薄れ、FRBの利上げ(昨年4回)の影響が残る中で、米経済の鈍化が窺える。成長率の予測で定評のあるアトランタ連邦準備銀行は4~6月期、純輸出や在庫投資の減速で、1.9%増を予測している。
 パウエル議長は、貿易と在庫は景気の一時的な押し上げ要因であり、「通常、景気の動きを的確に示す要素ではない」と指摘する一方、米中貿易摩擦や緩慢な物価上昇などの経済リスクが高まっているとし、今後の利下げを示唆した。
 景気の減速を懸念する背景には、重要な経験則があることも見逃せない。米債券市場で3月22日、3カ月物財務省短期証券と10年債の利回りが2007年以来約12年ぶりに逆転し、これをきっかけに株価が大きく下げた。過去50年、米国で長短金利の逆転が起きて景気後退入りしなかったのはたった1度だけと言われる。
 パウエル議長の利下げの示唆は、トランプ大統領の圧力に屈したとの論調が一部にあるが、今回は、少なくとも短期的には、両者の利害は一致したと言える。

 ●狭まる日銀の出口戦略
 FRBの利下げの影響を最も警戒すべきは日銀である。金融の量的緩和を終了し、金融政策を正常化(金利の引き上げ)する、いわゆる出口戦略が一層不透明になる恐れがある。
 日銀の資産規模は566兆6190億円(「営業毎旬報告」2019年7月10日公表)に達し、名目GDPの554兆3000億円(2019年1月)の規模を超えている。これは、FRBが2014年10月の量的緩和を終了した時の総資産額(4.5兆ドル規模)を上回る。保有資産のうち国債は478兆5565億円に達する。
 しかし、日銀は長期金利の上昇や円高を警戒して、出口戦略への言及を避け続けている。黒田日銀総裁は5月14日の参院財政金融委員会でも、出口戦略は、その時の経済・物価情勢や金利環境などで大きく変わるとし、曖昧な答弁を繰り返している。
 一方で、出口戦略は既に始まっているという観測もある。日銀は2016年9月に長期国債の買入れ増加ペースを政策操作目標から外し、着実に縮小させてきた。いわゆる、密かに金融緩和の縮小を行うステルス・テーパリングだ。
 日銀がかつて掲げていた、「長期国債買入れ増加ペースを年間80兆円にする」という目標は既に反故にされている。日銀が保有する長期国債残高は、最新の7月時点で、前年同月差は約28兆円まで縮小している。
 こうしたステルス・テーパリングが行える背景には世界的な長期金利の下振れがある。国内経済の減速懸念が、日銀の追加緩和期待を高め、長期金利の上昇を抑制する方向に働いている結果、円高も抑制され、国債買入れ増加ペースの縮小が可能となっているからである。

 ●市場納得させる工程示せ
 しかし、こうした日銀にとって都合のよい国際経済環境も、FRBが金利を引き下げ、ドル安円高へ誘導された場合、状況は一変する。
 その場合、日銀は追加緩和を迫られる可能性が高いが、どのような緩和手段があるのだろうか。マイナス金利の深掘りは地銀の経営困難を加速させる。長期国債買い増しを80兆円規模に戻したり、上場投資信託(EFT)買い入れを増額したりすれば、日銀の出口戦略は一層遠のくことになる。
 再び世界的な緩和競争に陥れば、緩和レースの先頭を走る日本の取れる方策は限られる。黒田総裁は、追加緩和が必要になった場合、「最大限、副作用を避けるため、さまざまな金融手段を組み合わせる可能性がある」と強弁するが、それだけでは市場を納得させるには足りない。日銀のやるべきことは、まず、金融政策の正常化を図る強い意思表示とその工程を示すことである。