公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2019.07.24 (水) 印刷する

トルコのS-400導入は他人事ではない 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 7月21日夕に放映されたNHK番組「これでわかった!世界のいま」で、トルコの問題を扱っていたが「トランプ米大統領がトルコへの地対空ミサイル、パトリオットの売却にノーを突きつけたために、トルコがロシアからS-400地対空ミサイルを購入せざるを得なくなった」と報じていた。
 明らかな間違いである。パトリオットをトルコに売却しなかったのはオバマ政権である。これが今日のボタンの掛け違いの発端になっている。さらに番組は、この問題の日本に対する影響について何ら報じなかった。

 ●日本のF-35が無力化の恐れ
 トルコに配備されたロシア製のS-400は高性能の対空レーダーを装備している。もしトルコが同時に米国からステルス戦闘機のF-35を導入した場合、S-400がF-35の間近で飛行データを計測できるようになり、F-35はステルスでなくなってくる。またS-400が内蔵しているコンピューターシステムはブラックボックスになっており、ロシアのみがソフトやハードの改良・データの蓄積ができる。
 問題は、中国も2018年1月から、このロシア製S-400を導入し始めていることだ。ロシアから改良されたソフトやハードが中国に流れれば、中国のS-400がF-35を捕捉できるようになるだろう。
 その場合、我が国はF-35戦闘機を100機以上米国から購入することになっているから、これらが全て無力化される可能性が出てくるのである。決してトルコの問題は他人事ではない。

 ●米土の相互不信に付け入るロシア
 筆者が情報本部長であった時にイラク戦争が生起した。当初、米軍は第四歩兵師団をイラクの北部であるトルコから、南部からは第三歩兵師団が海路侵攻してイラクを挟み撃ちにする構想であったが、トルコが米軍の通過を拒否したために、南部からの侵攻のみとなった経緯がある。
 オバマ大統領が、トルコにパトリオットの技術移転を躊躇った背景には、このイラク戦争時に生じた相互不信感がある。加えてトルコからの分離独立を企図しているクルド人勢力に厳しい目を向けるトルコと、対シリア牽制にクルド人勢力を使いたい米国との対立も見逃せない。この米土間の離間を狙ってロシアは、アメリカがF-35売却を拒否する声明を出すや、すかさず同じステルス戦闘機であるSu-35の売却をトルコに持ちかけた。
 7月22日付「ろんだん」にも書いたように、同盟の崩壊は相互不信と不均衡な貢献が原因である。「日米同盟は不公平」と事ある度に繰り返すトランプ大統領の意図を読み誤ってはなるまい。日本も心すべきであろう。