公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.07.25 (木) 印刷する

「欧州統合終焉論」の虚妄から目覚めよ 渡邊啓貴(帝京大学教授)

 欧州議会選挙から1カ月余りが経った7月初めの欧州連合(EU)首脳会議では、秋に任期満了となるEU幹部の人選で合意し、欧州議会もこれを承認した。反EUポピュリスト隆盛で波乱を予測する向きが多かったが、報道されたほどの騒ぎでは結局なかった。
 EUの首相ともいうべき欧州委員長にはフォンデアライエン独国防相が、欧州中央銀行(ECB)総裁にはラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事(仏元財務相)がそれぞれ就任する。いずれも女性で、評価の高い政治家だ。そしてEU大統領(欧州理事会常任議長)にはベルギーのミシェル首相が、EU外相(外交安全保障上級代表)にはスペインのボレル外相が就く。

 ●大国主導とポピュリズムに限界
 EU幹部の選出は各国の思惑が渦巻く権謀術数の場となる。今回も欧州委員長の選出にあたっては、独仏両大国主導の攻防による選出劇となった。そしてその愁嘆場に選挙前に予想されたような反EUポピュリストの影響力は大きくはなかった。
 当初、委員長にはメルケル独首相が推す自身に近い保守派の人物が有力視されたが、マクロン仏大統領から横やりが入った。他方でマクロン氏が推薦した候補者も日の目を見ることなく、最終的には欧州議会のどの会派の候補でもなかったフォンデアライエン氏が9票の僅差で委員長に選出された。EUの基本法ともいえるリスボン条約では最大会派の意向を尊重するようになっているが、それは今回は無視された。
 したがって人口面で独仏と遜色がないポーランドは、今回も独仏など原加盟国が主導する幹部選出に強く反発した。背景には、せめて欧州委員会で競争・農業・エネルギー委員などのポストを狙う思惑もうかがえた。
 一連のEU幹部の人選をめぐる議論については反EUポピュリスト勢力の影はなかった。
 反EUポピュリスト勢力は今回の欧州議会選挙で25議席程度の議席増を果たしたものの、2014年の前回選挙で倍増したことからすると、その伸びは頭打ちとなったからだ。
 欧州統合の波乱要因になると予測され、喧伝もされながら、終わってみれば、いつものような大国と小国との角逐の爪跡が生々しいEU幹部選出劇だった。

 ●「EUデモクラシー」はむしろ深化
 欧州理事会の諮問機関に過ぎなかった欧州議会が次第に権限を強めていることは確かだろう。多くの民主国家の議会のように欧州議会も多党分立の様相を呈してきたことは「混乱」要因だが、言い換えれば、EUで「デモクラシーの深化」が進んだ結果ともいえる。その意味では統合は新たな一歩を踏み出したと言えなくもないだろう。
 反EUポピュリストの台頭という一面的な議論だけでは、こうした地味で伝統的なEU政治の日常的な側面は忘れられがちだ。いうまでもなく、メディアにはセンセーショナリズムがつきものだが、より深刻なのは当のEU研究者自身が、そうしたメディアに迎合した日和見主義に陥ることだ。それは研究者自身の不見識でもある。
 リスボン条約の前進である「憲法条約」の批准をフランスが2005年に拒否した事実を取り上げて「欧州統合は終焉した」と声高に主張した研究者もいた。しかもそうした中には今度は、今回の欧州議会の結果を見てEU統合は続くと論じるものもいる。
 ややもすると我が国では、世界情勢をアメリカの視点で語る傾向がある。EU問題はしばしばそうした色眼鏡を通して観察されがちだ。欧州統合はもともとアメリカの支持によって始まったものだが、最近ではアメリカのEU批判が顕著だ。私たちEU研究者がそれに合わせる必要はない。私たちが国際認識で恐れるべきは、ぶれない自立した見識の欠如、いわば「知のポピュリズム」である。