北朝鮮は今月25日早朝、虎島(ホド)半島付近から日本海に向けてミサイル2発を発射した。朝鮮中央通信によると、金正恩委員長が「新型戦術誘導兵器」の発射を視察し、軍事演習を強行しようとする韓国軍に厳重な警告を発したという。同時に金委員長は視察で「防御が容易でない誘導弾の低高度・滑空跳躍型の飛行軌道の特性と威力を直接確認」(7月27日付産経新聞)したとされる。
岩屋毅防衛大臣は、29日の閣議後の記者会見で、本年5月に発射されたミサイルと同種の短距離弾道ミサイルであるとの判断を示し、国連安保理決議に違反し、極めて遺憾だと非難した。だが、果たしてそれだけで我が国への直接脅威に立ち向かえるのか疑問が残る。
北朝鮮は31日にも東部の元山付近から2発の短距離弾道ミサイルを発射した。
●九州・山口も射程圏の新型
では、この「新型戦術誘導兵器」とはいかなるものか。韓国軍の発表などを総合すると、ロシア製短距離弾道ミサイル、イスカンデルの改良型KN23ということだ。今回発射されたミサイルの飛翔距離は約600キロで韓国全土が射程となる。一部専門家は、約700キロが最大射程として設計されたと見る(7月27日付日経新聞)。それが事実とすれば、九州や山口の一部あるいは佐世保の米軍基地も射程圏ということになる。
一方、その到達高度は約50キロと、通常の弾道ミサイルに比べ低いという特徴もある。弾道ミサイルの軌道は大きく3つに分類される。大気圏外の高高度に打ち上げ、終末速度を増大して突入角度を深くし、迎撃しにくくするロフテッド軌道、低空を高速で飛翔してレーダーの捕捉を困難にするデプレスト軌道、その中間で効率的に飛翔して射程を最大にする最小エネルギー軌道である。
韓国国防省によると、今回発射されたミサイルは、デプレスト軌道を描いたようだ。高速なうえ軌道が比較的直線に近いため、極めて短時間で目標に到達する。イスカンデルの場合、速度はマッハ6~7に達するともいわれる。さらに、発射角度を変え、最小エネルギー軌道に近づければ当然射程も拡大する。
まして、イスカンデルの特徴は、目標へ向かい降下する段階で突如水平飛行するなど、野球のピッチャーが投げるナックルボールのように予測困難な軌道をとる。軌道計算が複雑となり捕捉が困難な上、デコイという囮を射出して相手ミサイルを欺瞞するという。
さらに、輸送起立発射機(TEL)で移動でき、燃料は固体燃料を使用することなどの理由から、発射地点の特定が困難なうえ、液体燃料のスカッドに比べて短時間で発射が可能であり、非常に厄介な相手であることは間違いない。
●待ったなしの敵基地反撃能力
これに対して、迎え撃つわが国の防衛態勢はイージス艦のスタンダードミサイルとPAC-3ミサイルシステムだが、北朝鮮の中距離弾道ミサイル、ノドンなどが主なターゲットだ。そこにKN23が加わると、大気圏外を通る中長距離のロフテッド軌道に加え、低高度の短距離弾まで対処せざるをえない。それでは、量的にも、質的にも現行の迎撃態勢では打ち漏らすリスクが高い。当然の理屈だが、いくらBMD(弾道ミサイル防衛)能力を向上させても限度がある。攻撃手段があって、はじめて抑止が効くのだ。
さて、自民党は2017年3月30日、「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」を政府に提出した。その中で、やむを得ない必要最小限度の措置として、他に手段がない場合に発射基地を叩く、いわゆる敵基地反撃能力の保有を謳った。敵基地の位置情報の把握、敵レーダーサイトの無力化策、精密誘導ミサイル等の導入など、具体的な項目も提言され積極姿勢が見られたが、その後2年以上経過しても議論の進展がみられない。
他方、昨年12月の防衛計画の大綱には、「日米間の基本的な役割分担を踏まえ、日米同盟全体の抑止力強化のため、ミサイル発射手段等に対するわが国の対応能力の在り方についても引き続き検討の上、必要な措置を講ずる」とある。
わが国への直接脅威への対応の問題が日米同盟の役割分担の問題にすり替えられている。まったく呑気な話ではないか。今回のミサイル発射に関し、トランプ米大統領は、「米国への警告ではない」と語る。つまり、トランプ発言は、KN23は米国の関心事項でないことを意味する。これはあくまでも日本の問題なのだ。そのうえ、大綱では「引き続き検討」という表現で逃げている。意地の悪い言い方をすると、このような場合、いつまでも検討のままというケースが多い。
イスカンデル改良型KN23の度重なる発射により、まさに自民党提言にある敵基地反撃能力の保有について「やむを得ない必要最小限度」「他に手段がない場合」のハードルが押し下げられたのではないか。そして、防衛計画の大綱にある「検討」の段階は終わりを告げ、「非難」するだけでは国を守れない段階になった、と言って過言ではないだろう。