公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.08.05 (月) 印刷する

米英関係の変質から学ぶべきこと 冨山泰(国際問題研究者)

 米英関係は第2次世界大戦後、「特別な関係」と呼ばれ、緊密な同盟関係の手本のように思われてきたが、最近の駐米英国大使の辞任騒動で両国関係の変質が顕在化した。トランプ米大統領と気脈を通じるボリス・ジョンソン氏が英国の新首相に就任したが、両国が緊密な関係を簡単に取り戻せるとは思えない。

 ●揺らぐ「特別な関係」
 米英を公の場で「特別な関係」と最初に呼んだのは、英国の首相だったチャーチルである。1946年3月、ソ連の東欧支配を批判した「鉄のカーテン」演説で、そう形容した。米国人を母親に持つチャーチルが米大統領ルーズベルトと戦時同盟を通じて培った親密な関係は、それ以降、両国指導者によって基本的に継承された。
 戦後の米英関係に波風が立たなかったわけではない。1960年代、英首相ウィルソンはベトナム戦争への英軍派兵を拒否し、米大統領ジョンソンを激怒させた。しかし、1980年代には、保守的な政治哲学を共有する米大統領レーガンと英首相サッチャーが親密な友好関係を築き、冷戦で西側が勝利を収める基礎をつくった。2003年に始まったイラク戦争で、英首相ブレアが国内の反対を押し切り、米大統領ブッシュ(2代目)の開戦判断を全面的に支持し、英国を参戦させたことは記憶に残る。
 米英の同盟関係は、ソ連の脅威の封じ込めという共通の利益を基礎に成立し、自由と民主主義を信奉する共通の価値観によって強化された。共通の言語と共通のキリスト教文化も同盟の深化に役立った。協力関係は、米国から英国への核兵器技術の提供や軍事機密情報の共有にまで及び、米英同盟は他に類を見ない文字通り「特別な関係」に発展した。
 しかし、ソ連が解体し、続いてイスラム過激派の脅威が後退すると、同盟関係の基礎を成す共通の利益が見えにくくなった。共通の利益よりも米国の利益を優先するトランプ政権の登場がそれに重なり、米英関係は変質し始めた。
 先月、極秘の公電でトランプ大統領を「無能」と酷評した英大使に対する大統領の罵倒と、英国の欧州連合(EU)離脱交渉姿勢に対する大統領の公然たる批判は、特別の同盟国への配慮は一切なかった。

 ●永遠の同盟はあり得ない
 EUを評価しないトランプ大統領は、EUからの「合意なき離脱」もあり得るとするジョンソン新首相に親近感を抱いている。そのため、メイ前首相時代にトランプ大統領のイラン核合意離脱、気候変動パリ協定からの脱退などでぎくしゃくした米英関係は多少修復されるかもしれない。しかし、ジョンソン首相の政権基盤は脆弱で、与党保守党から造反議員が1人出れば内閣不信任案が可決されかねず、政権がいつまで続くか分からない。
 米英関係の動揺は、永遠の同盟は存在しないという国際社会の現実を思い起こさせる。戦後、国家の安全保障を米軍に頼ることに何の疑問も感じてこなかった日本は、トランプ大統領から日米安保体制は不公平だとする不満が表明される中で、他力本願の安全保障はあり得ないという教訓を米英関係の変質から学ばねばならない。