公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2019.10.21 (月) 印刷する

米中合作映画に見る中国の野望 石川弘修(国基研理事・企画委員)

 中国が南シナ海で自国の領有権を含む歴史的権利を主張する「九段線」が登場するアメリカとの合作映画「アボミナブル」が中国との間で領有権問題を抱える東南アジア諸国の反発を買っている。
 ベトナムとフィリピンが13日から相次いで国内で上映を禁止し、次いでマレーシアも17日、上映条件として該当箇所の削除を命じた。中国の軍事的拡張だけでなく、映画などでバックアップする文化的攻勢は強まることはあっても弱まることはないだろう。

 ●「九段線」に反発する東南アジア
 この映画は、米映画製作大手ドリームワークス・アニメーションと中国・上海を拠点とするパールスタジオが、ヒマラヤに住む伝説の雪男イエティと少女との交流をアニメ映画として共同制作した。
 先月、米国で封切られたのに続き、ベトナムでは今月4日から公開が始まったが、作品中の地図に中国が主張する九段線として描かれているのに観客が反発、ソーシャルメディアなどで反響が拡散し、ベトナム当局が上映禁止とした。
 米映画産業は、中国抜きでは立ち行かなくなっている。米紙ウォールストリート・ジャーナルは2017年4月20日付で「中国の野望を助けるハリウッド」と題した記事で、映画興行収入は間もなく中国がアメリカを抜いてトップになると報じている。実際18年にその通りになった。また中国国家電影局の発表では、映画館の総数では中国が16年の段階で世界一になった。中国のハリウッド投資は、企業買収や共同制作などの形をとり、映画の内容にも立ち入るようになった。

 ●巨大市場でハリウッドを誘惑
 中国問題に関する米上院・行政府委員会(CECC)でマルコ・ルビオ上院議員(共和党)は、中国の狙いは「巨大市場を誘惑条件として独裁政治を正当化させる思想を拡散させる」ことにあると指摘している。
 2017年の米アカデミー賞音響編集賞を受賞したSF映画「メッセージ」の場合、中国公開に合わせて悪役として登場する中国軍司令官の描き方が編集し直されたという。また、15年公開のSF映画「オデッセイ」では、火星に取り残されたマット・デイモン演じる米国の宇宙飛行士の救出に、中国国家航天局が国家機密のブースターを提供するという演出がなされている。
 中国の電子商取引最大手アリババ・グループは、米ウォルト・ディズニーとキャラクター商品や関連書籍の販売サービス契約を結んでいるが、中国のソフト・イメージ作りに資する狙いがあるのは明らかだ。

 ●国会議員やメディアも声上げよ
 中国の野望をカモフラージュするためにハリウッドが協力する図式は、先ごろの米プロバスケットボール協会(NBA)の対応姿勢に似ている。NBAは香港民主化デモを支持した加盟チーム幹部の発言をめぐって中国に謝罪した。
 しかし、中国公船による沖縄県の尖閣周辺海域での領海侵犯が続いているにもかかわらず、「日中関係は完全に正常な軌道に戻っている」と発言し続ける日本政府に他国の批判はできるのだろうか。
 CECCでは前述のルビオ氏のほか、米中央情報局(CIA)のクリストファー・ジョンソン元中国担当局長も「我々は足元でおきている大いなる異変に気付いていなかった。まるでゆでガエルのように」と証言している。
 日本の国会議員やメディアの責任も大きい。尖閣だけではない。香港のデモやウイグルの人権抑圧などに対しても、もっと声を上げていくべきではないか。