第5世代移動通信システム(5G)構築に中国の華為技術(ファーウェイ)を参入させるか否か、欧州で議論が続いている。こうした中、英国のジョンソン政権は華為の部分的参入を容認する方針を打ち出し、華為排除を求めている米国やこれに同調している日本を驚かせた。欧州連合(EU)から離脱し、これから苦難の道を歩む英国にしてみれば、経済上、今の時点で中国との関係悪化の引き金を引くのは得策ではないと判断したのだろう。
ドイツもおそらく、英国に倣うと思われる。メルケル首相の与党キリスト教民主同盟(CDU)は、トランプ米政権の警告に従い、スパイ行為・サボタージュ(破壊行為)の可能性のある華為の危険性を深刻に受け止め、事実上、華為を排除する決議を昨年の党大会で採択するほどだったが、メルケル首相は「初めから特定企業を排除することは望ましくない」との原則を崩していない。一部報道によれば、メルケル首相は、「5Gの中枢的部分構築には懸念のある企業を参入させない」という中間策によって、華為を最初から締め出さない形をつくる意向のようである。中国側から「華為排除なら通商関係に悪影響が出る」と恫喝されていただけに、メルケル首相は曖昧さを残しながら摩擦を避け、様子見の時間を稼ごうとしているように見える。
●経済圏の一体性実現目指す
華為問題を見る上では、近年、欧州と中国の関係性についてconnectivityがキーワードになっている点に着目したい。
EUと中国は2015年、主に輸送ネットワークの拡充を目指し、EU-China Connectivity Platform(EU・中国接続プラットフォーム)を設置した。
connectivityを「連携」と訳している向きもあるが、欧州と中国が進めているプロジェクトの重点を考えれば、ずばり「接続」「連結」とした方がしっくりくる。
ドイツ西部ライン川の港湾都市デュースブルクと重慶を結ぶ定期貨物鉄道が開設されて以来、中国、欧州の2大経済圏を連結する鉄道輸送網は一段の拡充が進められている。それは今、中国の進める「一帯一路」(BRI)に、EUの「欧州横断輸送ネットワーク」が連結する構想となっている。
目指す方向は、両経済圏の一体性の実現なのである。
こうした内陸運輸網に加え、港湾ネットワークを中心とする海上運輸網も整備されつつある。この「海のシルクロード」に欧州側の重要ハブ港を提供するポルトガルに対しては、中国から多額の投資が注ぎ込まれた。
さらに、中国は陸路、海路に続く「第三のシルクロード」として、「デジタル・シルクロード」の構築もうたっている。言うまでもなく、このデジタル・シルクロードこそ、中国に情報・通信覇権をもたらすものだ。
●米中間でバランスとる欧州
「シルクロード」とは元々、19世紀のドイツの地理学者リヒトホーフェン男爵(その甥が第一次世界大戦の撃墜王リヒトホーフェンである)が命名したもので、ユーラシア東端の中国と西のドイツを結ぶ長大なルートの構築は、欧州人のロマンを掻き立ててきた。中国という大消費地帯は、欧州にとって富の源泉であるという発想は今も昔も変わらない。
華為問題は、こうした下地からとらえねばならないだろう。
EUは中国との「戦略的接続」に舵を切っている。昨年、EU主要国として初めて、イタリアが一帯一路を支援する覚書に署名したなどと大きなニュースになったが、端的に言ってしまえば、EUは既に一帯一路を担う巨大な支柱と化している。
「相乗効果」もまた、EUの対中関係におけるキーワードである。
欧州横断輸送ネットワークが一帯一路に合流することで、中国経済の透明性、市場アクセスの相互性、中国における欧州企業への公平性確保へ向けた相乗効果がもたらされるとEUは信じているのだ。
マクロン仏大統領は「中国に対してはいつまでもお人よしではいられない」と喝破した。だが、だからといって今後欧州が中国に対し、トランプ政権のような強い対決的姿勢をとるとは考えにくい。
確かに、欧州委員会は2019年3月に発表した「EU―中国関係の戦略的概観」の中で、中国を「システム上のライバル」(systemic rival)と位置付けた。それは、中国のガバナンスの在り方が欧州の価値と相いれないという含意であって、人権問題や市場の閉鎖性などの個別的問題はその都度、修正を求めていけばよいというスタンスなのである。
欧州は、戦略的パートナーとしての中国の位置づけを変えることはなく、外交的には米中の狭間で微妙なバランスをとっていくことだろう。