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2020.02.19 (水) 印刷する

田中氏の「再反論」は反論になっていない 奈良林直(東京工業大学特任教授)

 「温暖化は止まっていない」と指摘した2月6日付の「ろんだん」に対し、同10日付で筑波大学の田中博教授から「再反論」をいただいた。ところが、それは私が指摘したハイエイタス(温度上昇停滞期)以降の最近数年間の急激な温度上昇に対する反論になっていない。過去のデータに基づく解説文の域を出ておらず、それらの点を改めて指摘しておきたい。
 田中氏は、一昨年、昨年の北半球の猛暑ならぬ酷暑、昨年のアマゾン、アフリカ、オーストラリアの猛暑と干ばつ、それによって引き起こされた激しい森林火災の現実を無視している。10年前の気温予想の主張をされても、誤解を受けるだけだ。

 ●ハイエイタス後の上昇は無視か
 まず10日付の「ろんだん」で田中氏がAkasofu and Tanaka 2018(「赤祖父-田中線」と呼ぶ)として示したグラフであるが、Observational Data(観測データ)とされているものは2000年以前のものだ。筆者が6日付で示したグラフは、その後の2019年までの観測データを含む。気象庁が速報として公開した最新データである。筆者のものと田中氏が作成したグラフの2つを、縦軸に温度、横軸に年代幅をとって厳密に一致させたものが下図だ。

pic200219

 比較のため縦軸は「赤祖父-田中線」の縦軸の0.0℃と一致させた。1960年を起点に2000年までは観測データだが、それ以降については2020年まで横軸の目盛りを一致させて示した。縦軸は±0.5度で合わせた。2つのグラフを単純に重ねると見にくいので「赤祖父-田中線」を0.75度下に平行移動してある。
 気象庁のデータは、都市化による影響が顕著な地点を除いたり、温度の偏差をベースにしたりしているため、若干の食い違いはあるものの、1960年から1980年まではW型の凹みや2008年までの温度のトレンドはほぼ一致している。
 つまり「赤祖父-田中線」は、赤丸で示した2008年のポイントまでは、ほぼ田中氏の主張の通りだといえる。ここまではハイエイタスとして多くの研究者が認めている。
 だが、私が2月6日の「ろんだん」で指摘したのはハイエイタス後の温度急上昇である。

 ●データで否定された「温暖化停止」
 図では気象庁の2012年から2018年の観測データをトレースし、両端を青丸とする青色曲線として「赤祖父-田中線」の2008年の赤丸以降に重ねてみた。
 赤の破線で囲ったAとBの部分に注目していただきたい。私が前回の「ろんだん」で指摘した地球規模の猛暑を示すように、2012年あたりから地球平均の温度は急上昇している。そして2018年のデータは、Bで「赤祖父-田中線」とともに赤の破線で描かれた「IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)の予想線」と一致している。
 つまり、田中氏が10日付「ろんだん」で述べたように世界のスパコンの予測にはバラつきがあり、過大なものもあるかもしれないが、5日付「ろんだん」で「地球温暖化は2000年頃から殆ど止まっている」とした結論は、2018年までの実測データにより否定され、むしろIPCCの予想線と一致したといえる。

 ●「再エネ至上主義の暴走」こそが問題
 ハイエイタス期の温度変化については、例えば公益財団法人「地球環境センター」(GEC)から詳しい論考が出ている(2014年9月)。人間活動の影響で温室効果(放射強制力と呼ばれる)は現在も強まっており、海洋の内部の貯熱量も上昇し続けている。この結果、地球温暖化が本当に止まったわけではないと結論づけている。
 また、国立環境研究所と東京大学大気海洋研究所の研究グループは、20世紀後半以降の海洋や大気組成などの情報をもとにした気候モデルによるシミュレーションを行い、以下のように今後の展望を述べている。
 「大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の上昇をはじめとした人間活動の影響が、猛暑の発生頻度を増加させていることがわかり、特に北半球の中緯度での猛暑の頻発には、海洋の数十年周期のゆらぎの影響も重要であることがわかったとし、ハイエイタスと海面水温の分布パターンは密接に関係していると考えられる」
 田中氏は「地球温暖化防止運動が暴走」と主張しているが、問題はむしろ、「環境原理主義」ともいえる欧州を中心とした「再エネ至上主義の暴走」である。太陽光や風力発電の不安定な電源に膨大な投資をしても、変動に伴う不足分を石炭火力や天然ガス火力に頼っていてはCO2の排出量は減らせない。経済活動も最近のドイツのように落ち込むだけだ。国民負担が大きい「太陽光・風力の再エネ神話」はそろそろ終わりにしなければならない。

 ●矛盾露呈した日本のエネルギー政策
 スウェーデンやフランスのように水力と原子力発電を主体とすれば、近い将来CO2の排出量は確実にゼロにできる。それまでの間は火力発電所も必要で、それをボイコットすれば停電が起きて人の命が危険に晒される。
 わが国では民主党政権時に「脱原発政策」を進め、当時の菅直人元首相が原発を再稼働させない仕組みを原子力規制委員会と行政組織である原子力規制庁のなかに組み込んだ。この仕組みは政権復帰後の自民党政権に引き継がれた。
 その結果、原発の再稼働にあたって義務付けられた地質・地盤の審査には何年もかかり、「上載地層法」という「無いものねだり」(悪魔の証明)ができなければ、地震波形が決まらず、耐震設計もができない。福島第1原発事故以降9年が経過するが、再稼働にこぎつけられたのはたった9基にすぎない。
 一方で電力自由化が進み、結果的にLNG(液化天然ガス)に加え、石炭火力の急増を招いた。CO2は急増し、太陽光発電のコストは再エネ賦課金として庶民に付け回された。このエネルギー政策の矛盾がわが国経済の足を引っ張っている。地球は温暖化しているが、わが国の経済は冷え込む一方である。