昨年、米海軍協会出版部から『中共のスパイ活動―インテリジェンス入門―(Chinese Communist Espionage-An Intelligence Primer)』という本が出版された。著者は中国に関する米議会行政委員会副局長であり、CIA(米中央情報局)のカウンター・インテリジェンス分析官でもあったピーター・マティス氏と、陸軍で20年以上アジア勤務をしていたマシュー・ブラジル博士の2名である。
この本を読むと、中国共産党(中共)が、創立以来、どのような手口で、どのような内容を、どこの国に対して行ってきたかの実態がわかる。未だ、和訳は出版されていないが、中国共産党のスパイに晒されている我が国にとって必読の書であると思われるので、内容の要約を紹介したい。
●スパイの元締めだった周恩来
本書は7章で構成され、1章は中国共産党のインテリジェンス組織、2章は中国共産党の指導者、3章は中国革命/初期の重要なスパイ、4章は経済スパイ、5章は革命中/初期人民共和国のスパイ活動、6章は中国興隆期のスパイ活動、7章は中国におけるインテリジェンス/監視の今と今後、から成っている。
特に印象深かったのは、①我々が政治家と認識してきた周恩来とか華国鋒が、実はスパイ活動の総元締めであったこと ②中国の学会、シンクタンク、国際友好協力団体といった組織が例外なくスパイ活動、あるいはプロパガンダ活動に関与し「誰しもがスパイ」という状況にあること ③中国のインテリジェンス組織の特徴としては情報収集部門とカウンター・インテリジェンス(対諜報)部門とが同居していること―などである。
中国共産党の結党前後では、旧ソ連のKGBといったスパイ組織だけでなく、米財務省のFrank CoeやSolomon Adler、そして米政府内の共産主義者スパイ・リーダーであるNathan Silvermasterとも密接な繋がりを保っていた。CoeやAdlerは、第二次世界大戦直前の対日強硬策「ハル・ノート」の原案を作成したHarry Dexter White(当時財務次官補であった共産主義者)に雇われていた。
こうしてみると、旧ソ連、米国内の共産主義者達と密接に繋がっていた中国共産党のスパイ組織に、日本は第二次世界大戦へと引きずり込まれた構図が浮かび上がってくる。
●狙われるスパイ天国の日本
経済スパイで目を引くのは、米国の赤外線暗視装置や熱画像測定技術カメラ以外にも、米軍の偵察航空機やステルス技術、ミサイル、信号インテリジェンス、遠距離通信技術、早期警戒レーダーとミサイル目標獲得システム、原子力潜水艦に利用できる小型モジュール原子炉、ソフトウエアコードなど多くが狙われてきた。この他にも無人機、高度暗号装置、食料生産に使われる酵素、トウモロコシの種、GPS、半導体技術、メモリーマイクロチップ、核・化学爆発測定機材、塩化チタン二酸化物、ジェットエンジン、ハイブリッド車、カーボンファイバーなどが狙われている。
狙われる人物としては、圧倒的に台湾の軍人が多い。殆どが上海国家安全保障局(Shanghai State Security Bureau-SSSB-)のスパイリングの餌食となっている。2004年に在上海日本領事館の暗号関係職員が中国のカラオケで懇ろになった女性従業員から情報提供を依頼され、自殺に追いやられたケースにもSSSBが関与している。
手段としては、いわゆるハニートラップ以外に、驚かされるのは私も使用しているインターネットを通じて知り合いを増やすLinkedInから接近する手法だ。学会における発表を機に接近するケース等ありとあらゆる手段が使用されている。中には金無怠のように米CIAの職員として、あるいは陳文英(女性)のように米FBIと中国国家安全省との間を行き来する二重スパイもいた。
注目すべきは、著者がアメリカ人であるためか、本書には2007年に中国人技術者が大手自動車部品メーカー、デンソー(愛知県)の技術情報を盗取した事件や、同年にヤマハ発動機が無人ヘリコプターを不正輸出していた我が国で発生した事件は出てこない。
我が国にはスパイ防止法がないため罰則が軽く、執行猶予となるケースも少なくない。表には出てこないが重大なスパイ行為が日本では相当行われていると認識しなければならないであろう。