公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.05.19 (火) 印刷する

検察官の定年延長は暴挙なのか 髙池勝彦(国基研副理事長・弁護士)

 国家公務員法改正に伴ふ検察庁法の改正について政府は、検察庁法ばかりではなく、公務員法までも今国会での改正を断念したといふ。5月18日付の「今週の直言」で、これは大問題でもなく、三権分立を揺るがせるものでもないといふ意見を述べたが、検事を他の公務員と同じ扱ひにするといふ案を将来に持ち越すことでよいのか。

 ●針小棒大でコジツケが過ぎる
 5月12日付の朝日新聞社説は、この改正を「国民を愚弄する暴挙だ」との表題の下、「現在65歳が定年の検事総長も、政府の意向次第でその年齢を超えてトップの座にとどまれるようになる」とし、これは「検察の独立、そして権力の分立という、戦後積み重ねてきた営為を無にするもの」で、「国民を愚弄すること甚だしい」と結んでゐる。
 また、元検事総長や元検察幹部が朝日新聞の社説と同趣旨で反対であるとして記者会見を開いたといふ。
 同じ朝日新聞5月14日の紙面で元検事の堀田力氏は「検察幹部を政府の裁量で定年延長させる真のねらいは、与党の政治家の不正を追及させないため以外に考えられません」と述べ、刑事法が専門だといふ川崎英明関西学院大学名誉教授は、今回の改正が「政治権力による検察人事への介入の回路を無制約に開くもの」と述べてゐる。
 今回の改正案は、法務大臣による指揮権発動の制度化だといふ学者もゐる(水島朝穂早大教授)。指揮権は、政治的理由により検察の捜査を中止させようとすることまで含むもので、歴史上1回しか発動されたことがない。その場合にも法務大臣の辞任など我が国の政治を揺るがす大問題となりうる制度である。この条項は廃止されることなく必要であるとして残されてゐるが、劇薬であることに変わりはない。反対論には反対のための反対が目立つ。針小棒大とコジツケの度が過ぎてゐる。

 ●互ひに権力抑制し合う関係
 そもそも、立法・司法・行政の3権分立といつても三権がまつたく独立してゐるわけではない。互ひに関係を持ちながら権力を抑制し合ふてゐるのである。
 内閣総理大臣は国会の議決で指名され、国務大臣の過半数は国会議員でなければならない。最高裁判所長官は内閣が指名し、他の最高裁の裁判官は内閣が任命する。高等裁判所ほか下級審の裁判官は、最高裁の指名した者の名簿によつて内閣が任命する。以上は憲法の規定である。これを改めるには憲法改正が必要である。
 反対論者は、検察官を裁判官と同じ扱ひにせよといふのであらうか。元検察官や学者、朝日新聞がいふから正しいとは限らない。反対論にはあまりにもためにする意見が多すぎる。反対論者は、検察官の独立を強く主張するが、さうであるなら、そのやうに主張すべきである。しかし、そのやうな主張はない。
 5月14日の朝日新聞の識者のコメントで、比較的まともと思ひたのは、ジャーナリストの江川紹子さんのものである。江川さんは、検察にとつて大事なのは「公正らしさ」であり、国民の検察に対する「公正な判断をしているはずだ」といふ信頼がなければいけないが、黒川弘務東京高検検事長の定年延長の時も、今回の改正についても、説明には説得力がないと批判してゐる。
 江川さんのコメントの前半はまつたく賛成であり、後半も印象としてはうなづけるが、私も今回の改正が重大問題ではないといふ見解からは若干の留保が必要である。

 ●検察官の特別扱ひには異論
 今回の改正は、あくまでも国家公務員法改正に伴ふ検察庁法の改正であつて、国家公務員法の改正で検察官の定年延長及び幹部職員の裁量による特別の延長を合はせたに過ぎないのである。
 弁護士を職とする私も調べてみて分かつたのであるから、マスコミが安倍政権の恣意的な改正であり、三権分立をゆるがせにするとあふり立ててゐる状況下で、国家公務員全体の定年延長に検察官も合はせたのですと説明して、一般の国民は分りましたといふことになるであらうか。
 私は、そもそも検察官だけを他の国家公務員の定年延長制度とはまつたく別の制度にする必要はないと考へてゐる。検察官だけは特別扱ひにすべきであるといふ者に対しては、見解の相違ですと言ふしかない。
 やはり、今回の反対運動の目的は、改正案の内容が良いか悪いかではなく、安倍晋三内閣を何とか打倒しようとする運動の一環であるとしか考へられない。