公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

  • HOME
  • 国基研ろんだん
  • コロナ禍が示したデジタル化促進の方向性 大岩雄次郎(国基研企画委員兼研究員)
2020.06.02 (火) 印刷する

コロナ禍が示したデジタル化促進の方向性 大岩雄次郎(国基研企画委員兼研究員)

 新型コロナウイルス感染の拡大以前から、日本経済は長期低迷に喘いでいる。奇しくも、コロナ感染は、その主要な低迷要因である国際競争力の低下、つまりデジタル化の遅れに伴う生産性の低さの実態を露にした。
 コロナ感染は必ず終息する時が来る。急速な人口減少が見込まれる中、コロナ感染終息後の社会・経済的変化を踏まえて、コロナ感染以前に掲げられた第4次産業革命、働き方改革の実効性を高め、生産性向上に繋げる抜本的な対策の推進が必要である。

 ●日本経済低迷の真の理由は
 日本経済の長期低迷の原因として、プラザ合意による円高誘導、これを受けた日本政府の低金利政策及び財政出動の失敗などが指摘されるが、2000年以降の日本企業の低迷を説明するには十分な理由とは言えない。また、コスト競争力を背景とするアジア新興国の台頭が日本企業の競争力を低下させたという指摘も、同様の問題に直面した欧米企業の近年の持続的成長を考えると十分な理由とは言い難い。
 失われた20年もしくは30年を引き起こしたのは、企業競争力の低下が可能性として最も高い。国際経営開発研究所(IMD、本部スイス・ローザンヌ)の「世界競争力ランキング」によると、日本は1992年まで3年間総合1位であったが、2019年には30位まで低下した。アジア・太平洋地域でも10位に留まる。
 大きく順位を下げた要因は、「ビジネス効率性(46位)」であり、特に「生産性・効率性」の分野で、実質労働生産性成長率が大きく悪化していることが指摘される。
 
 ●デジタル後進国の実態露呈
 ではその原因は何か。日本企業と欧米企業との本質的な差は、「デジタル変革(DX)の出遅れ」と「イノベーションへの消極志向」と考えられる。この点は、経済産業省「ものづくり白書(2018年)」や政府の「成長戦略実行計画(2020年6月)」でも指摘されているが、政府も企業もその対応は緩慢と言わざるを得ない。
 今回のコロナ禍で、日本社会全体のデジタル化の遅れの実態があからさまになった。コロナ感染対策としての各種の給付金の遅れ一つとっても、マイナンバー制度も有効に活用できておらず、公的セクターのデジタル化の遅れは深刻である。デジタル政府の取り組みは20年に及び、2019年にはデジタル手続法が成立し、「行政サービスの100%デジタル化」が目標とされたが、各省庁におけるオンライン化率・オンライン完結率は低水準にとどまる。これまでの大災害の経験も生かされていない。
 一方、民間分野も事態はさほど変わらない。コロナ感染拡大を受けて導入された企業のテレワークの実施率も、厚生労働省によると、27%(4月30日発表)に留まる。第一生命経済研究所が緊急事態宣言の直前に実施したアンケート調査によれば、そもそも「テレワークができない業務である」とした回答が約6割を占めたこととも整合する。現状で飛躍的にテレワークが拡大するとは考えにくい。LINEリサーチによると、休校中のオンライン授業への対応率は、高校で14%、大学でも46%にとどまる。
 デジタル化の遅れは、デジタル技術に基づくニュービジネスへの参入の遅れも生む。コロナ禍による日本の主要企業の業績悪化は70%~80%に及ぶのに対して、米国や中国では40%程度に留まるといわれるのは、米国GAFA、中国BATHのようなIT先端企業の業績によって支えられているからである。コロナ後も、その変化に伴う一層の需要拡大が見込まれている。
 
 ●人的投資核に「競争力」磨け
 日本のデジタル化の段階は ①デジタイゼーション(デジタル技術を利用してビジネス・プロセスを変換し、効率化やコストの削減、あるいは付加価値の向上を実現すること)②デジタライゼーション(技術を用いて創出した新しい製品やサービス、ビジネスモデルを通して、「競争上の優位性を確立」すること)③デジタル変革(DX)(デジタルによる生活の変革)―のうち、依然①の段階で足踏みしている状況である。
 今後、急速な少子高齢化による人手不足をデジタル化の促進による働き方改革によってカバーできない場合には、2030年代にはマイナス成長に陥る可能性は小さくない。
 さらに日本経済の持続的な成長には③のデジタル変革の実現が必要である。そのためには無形資産投資の大幅な拡充が不可欠である。GDPに占める特許、商標、ノウハウなどの無形資産の投資比率は、2018年に米国が16.1%であるのに対し日本は8.2%で、その内の人的投資は、米国2.1%、日本0.1%と大きな差がある。
 無形資産はデータやソフトウエアといった「情報化資産」、R&D(研究開発)や知的財産など「革新的資産」、人材や組織の質といった「経済競争力」の大きく3つに分けられる。
 米国は「情報」「革新」「競争力」の割合がおよそ2対4対4、日本は2対6対2だ。「競争力」の比重が大きい欧米は、企業などの組織が蓄積してきたスキルが無形資産の中核となっている。デジタル変革の実現のためには、人的投資を核とする「競争力」への投資拡充が必須である。