中国による香港版国家安全法制定で、自由や人権が大幅に制限されることを懸念する香港市民の移住の「受け皿」として英国、シンガポール、台湾が積極的に名乗りを上げている。ニューヨークやロンドンと並ぶ国際金融センターである香港の人材獲得も大きな狙いだ。日本としても香港の優秀な人材獲得の好機を逃すべきではない。
●首相も推進の考え表明
6月11日の参院予算委員会で、安倍晋三首相は「東京が金融面でも魅力あるビジネスの場であり続け、世界中から人材、情報、資金の集まる国際都市として発展を続けることは重要だ。金融センターとなるためには人材が集まることは不可欠だ」と述べ、香港からの人材受け入れを推進する考えを表明した。
ライバルたちの動きは速い。英国のジョンソン首相は香港市民に英国の市民権を取得させる考えを示した。海外在住英国民(BNO)の資格を有する香港市民には無条件で1年間(現行は半年)の本国滞在を認め、永住権、市民権の取得にも道を開こうとしている。
英国の欧州連合(EU)離脱の最大の理由は「移民」だった。その英国が香港から最大300万人の移住を可能にする方針を表明しても、国内からさしたる異論も出なかった。
英国同様に香港の状況を注視しているのがシンガポールだ。シンガポールは過去にも1967年の暴動事件や97年の中国返還時に企業誘致に動いたことがある。英紙フィナンシャル・タイムズによると、香港など海外在住の口座保有者の預金残高が過去12カ月でこれまでの最高額に達した。中央銀行にあたるシンガポール金融通貨庁の統計では、非居住者の預金残高は44%増の620億シンガポールドルだった(香港当局は資金流出を否定)。
●安全、安心が日本の魅力
新型コロナウイルスによって経済的打撃を受けたシンガポールにとって、香港からの企業などの「移転」は魅力的だ。リー・シェンロン首相は7日のビデオ演説で今年の国内総生産(GDP)伸び率は4~7%のマイナスと、過去最大の不況になると述べた。リー首相は最優先課題を雇用とし、新規雇用を生み出すことに意欲を示した。
香港で高級ホテルのマンダリンオリエンタルなどを運営する複合企業ジャーディン・マセソン・ホールディングスが90年代に香港での上場を廃止し、シンガポールに上場拠点を移したように、シンガポールは香港と争ってきた金融とITを融合した「フィンテック」産業の受け入れなどを目指していくとみられる。
台湾の蔡英文総統も香港から政治的理由で移住してくる香港市民を受け入れる目的で、政府内に対策チームを設置した。
それぞれ英語、中国語が公用語という点で日本より移住しやすい利点はある。ただ、産経新聞矢板明夫台北支局長は「香港と英国は距離がある。シンガポールのスタンスはやや中国寄り、台湾は中国と対立している。そうしたなかで安全、安心の日本の魅力はある」と強調する。
自民党の経済成長戦略本部(本部長・岸田文雄政調会長)も12日にまとめた成長戦略の提言骨子案で、東京を国際金融センターとするため、銀行の規制緩和や環境、社会、企業統治に配慮した「ESG金融」の推進を提示した。
そのためにも、査証(ビザ)をはじめとする煩雑な手続きの緩和、住むうえでの各種サービスの提供といった優遇措置を講じるなど、あの手この手で多くのプロフェッショナル人材の日本受け入れを図るべきだろう。