公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.06.22 (月) 印刷する

中国潜水艦のトカラ通峡の狙い 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 中国海軍と思われる潜水艦が6月20日、潜没のまま鹿児島県口永良部島西のトカラ海峡の我が国接続水域を太平洋から東シナ海に向けて通過した。平成26年6月15日にも中国海軍のドンディア級情報収集艦がトカラ海峡を南東進したが、この時から中国はトカラ海峡を国際海峡と主張している。国際海峡であれば通過通行が認められるので潜水艦は浮上しなくても通峡できるからである。
 これに対して我が国は、トカラ海峡は国際海峡ではないとの立場で、無害通航のみが認められるとの立場だ。潜水艦は他国の領海通過時は浮上航行しなければならないとする立場を採っている。

 ●自由な第一列島線の通過
 中国海軍としては、太平洋に進出あるいは中国に帰投する際、我が国から台湾、フィリピンに至る、彼らが対米戦略ラインとする「第一列島線」を通過しなければならない。このため出来る限り自由に海軍艦艇を通過させたいのだ。とりわけ潜水艦は浮上すれば、生命線である隠密性が失われるため、潜没したまま太平洋への進出・帰投を行いたいと思っている。
 南西列島線は宮古島と沖縄本島間などを除き相当海域が我が国の領海であるため、無害通航であれば潜水艦は浮上しなければならない。筆者が情報本部長であった2004年11月10日、中国の漢級原子力潜水艦が、石垣島と多良間島間の領海を太平洋から東シナ海に向けて浮上せずに通峡したことがあった。この時は探知していた海上自衛隊の哨戒機が発音弾を投下、海上警備行動が発動された。
 後日、中国は「技術的原因から誤って石垣水道に入った」と言い逃れようとしたが、実際は我が国に探知されずに通峡できるかどうかを試してみた意図は明らかである。

 ●台比と対中戦略的連携を
 今回の中国らしき潜水艦のトカラ通峡は、敢えて我が国の領海に侵入せず、浮上しなくても良い接続水域を通過した。幅の狭い曲がりくねった接続水域を通過できたことは中国潜水艦の航法能力が相当向上してきている事を物語っている。
 第一列島線を通過せずして太平洋に出られないことは、力ずくの海洋進出を進める中国海軍にとって地政学的な弱点である。逆に我が国や台湾、フィリピンにとっては強みであることから、この利点を生かさぬ手はない。
 即ち、いざという時に共同して第一列島線の封鎖ができるようにしておくことが中国に対するカードとなる。台湾やフィリピンとは戦略的な対話を設定しておくべきだと思う。  
 この夏、2013年に閣議決定した国家安全保障戦略を見直すとの報道がなされているが、その折は、是非ともそうした着想を盛り込んで欲しいと思う。