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2020.06.25 (木) 印刷する

コロナ後の世界経済と我が国の産業強靱化 奈良林直(東京工業大学特任教授)

 新型コロナウイルス肺炎が南半球にも拡大し、パンデミック(世界規模の感染拡大)は終息の見通しが立たない。このような中で、3蜜(密閉、密集、密接)を避けるような形での経済活動の自粛が続いており、消費増税に加え、「コロナ恐慌」に直面しようとしている。

ここで、明確になったのが、中国を「世界の工場」とした一国集中型のサプライチェーンの脆弱さである。わが国の経済は、グローバリゼーションの旗印の下で、世界的な競争力を持つ自動車産業を除くと、ほとんどの産業が成長から取り残されている。

かつて日本が得意とした、製鉄、半導体、携帯、液晶、パソコン、家電、高速鉄道、太陽光パネル、原発、スパコン、AI、医薬品などの最先端技術やモノ回りの製品を作る量産技術は、皆中国に吸い上げられ、わが国の高度成長の物づくりを支えてきた中小企業や町工場ももはや存亡の瀬戸際に追い込まれている。

失われた国際競争力

半導体製造装置を輸出すれば、どの国でも半導体が製造できる。自動車もハイブリッドカーを含めて中国の現地合弁会社で生産され、マスクでさえも中国からの輸入が止まると極端な品薄になった。

中国に工場を移転した結果、日本企業は中国や東南アジアの従業員の給与を支払っている。一方、わが国では高齢者社会を支える老人介護産業や働く女性のための保育園などで労働力が不足しているのに、待遇面で十分とは言い難く人材確保に苦労している。人口が減少するなかで若年労働力はますます不足するだろう。レストランやコンビニは、すでに外国人の店員が応対している。この状況では、国民総生産を増やす要素はない。

産業のデジタル化も欧米諸国に後れをとっている。オフィスでの生産性も著しく低い。電子承認や電子決済も遅れている。コロナ禍でも、ハンコ(承認印)を押すためだけに出勤している人がいる。

マイナンバーカードで給付金のオンライン申請をしても、わざわざ住所も入力しなければならず、役所側は入力されたデータを人海戦術で確認している。当然、次世代通信規格の5Gは中国にかなわない。

一億総茹でガエル状態

それは国家としての産業育成や経済政策がなおざりにされてきたからだ。国会の審議を見ていればわかる、モリカケ、桜を見る会、検事長人事などに明け暮れ、憲法も、国防も科学技術に基づく成長戦略の議論もない。そんな不毛な議論を何年も続けている。

経済産業省も文部科学省も、科学技術育成のための公募事業に力を入れているが、「新規性」を重視する審査基準があるばかりで、地に足がついていない。思い付きやアイデアだけで、新しい製品が生み出される訳ではない。たまに良い発明があっても、製品としての社会への実装段階で、米国や中国にコストとスピードで負ける。

国会議員に科学技術がわかる理系の議員がほとんどいない。役所もまたしかり。中国の幹部は理系の清華大学出身が多い。国の政策として欧米に留学生を送り出し、先端技術者に育成してもらって帰国させる。彼らは大学教授にすぐに出世する。それはかつての日本がやっていたことだ。

赤字で倒産しそうになると日本の大手企業ですら、台湾や中国に安易に身売りする。ところが経営権が移った半年後にはそうした企業も黒字になる。理系だけでなく、日本では文系の大企業経営者も、集中と選択、俊敏な経営判断ができなくなっている。問題の先送りと責任回避。国会、行政、企業、国民ともにリスクを取らず、「何もせず失敗しなければわが身は安泰」という平和ボケした「茹でガエル」状態に陥っている。

再エネ政策から脱却の時

茹でガエル状態の最たるものが、再生可能エネルギー政策だ。あのマイケル・ムーア監督が制作した映画「Planet of The Humans」がいま、ネットなどで無料公開され話題になっている。

映画が告発しているのは、巨額の資金と大量の資源を投入した太陽光の墓場、風車の墓場だ。そして、金儲けのためにバイオマスと称する木材チップを燃やす小規模な火力発電所に、アマゾン、東南アジア、欧米の森林が切り倒されて廃墟と化す光景である。

アル・ゴア大統領の「不都合な真実」に端を発して、世界中がエコと再エネに突っ走った結果がこれだと言いたいのだろう。結局のところ、再エネは世界規模の壮大な地球環境破壊に過ぎなかったのだ。新型コロナによる経済の急激な落ち込みを刺激として、わが国は茹でガエル状態から覚醒しなければならない。

これから取るべき政策

重要な指標は、科学的合理性と経済的合理性である。まず、中国や東南アジアに進出した企業は国内で必要最小限な分は、自国に生産拠点を復活させることだ。次世代製品の研究開発にも力を注ぎ、製品の付加価値を高める。企業は互いに連携・提携して得意な分野をより伸ばしていくことも必要だろう。

経済合理性がない再エネはそろそろ卒業して、安全性を高めた原子力と「砕石蓄熱発電」に重点投資する。わが国にはすでに廃炉が決定した二十数基の原発の蒸気タービンがある。蓄熱した高温岩石に水をかければ蒸気タービンが回って必要なときに電気を供給できる。ドイツも韓国も開発の最終段階にあり、揚水発電よりもコストが安い。

スパコン、量子コンピュータ、次世代メモリ、高性能CPU(中央演算処理装置)、5Gに代わる6Gの通信規格の推進と、それを利用した高齢者の心のケアと心身のリハビリ。寝たきり老人を元気にして、次亜塩素酸水を活用すれば風邪もウイルス感染症もない元気な社会が実現できる。

わが国の再エネ賦課金は年間4兆円。20年契約で80兆円にもなる支出を、今後できる限り抑制する。また、原発の安全対策を欧米のようにリスクを効果的に下げる合理的な対策に重点を置く。審査が遅れたために運転停止していた約9年間を、原子炉等規制法で定めた原発の運転期間40年から差し引き、その分、若返りの運転延長を認めれば、化石燃料の輸入を年間数兆円は減らす効果が出る。こうして積み上げていけば、100兆円を超える新型コロナ対策予算の支出を将来、確実に回収し、我が国のサプライチェーンの強靱化と新規産業の育成に投資できる。産業の強靱化のためにやるべきことはたくさんある。