中国がインドの隣国ブータン東部の領有権を主張し始めた。6月初め中国は、世銀グループの地球環境ファシリティ(GEF)によるブータン東部「サクテン野生動物保護区」への支援案件に対して「中国が領有権を主張している地域だ」として反対した。
ブータンと中国は国交がないが、これまで国境画定協議を24回行っている。しかしブータン政府によると、これまで中国側が主張したのはブータン西部のドクラム高原と中部の領有権だけだったという。
インド最後の砦としてのブータン
山手線の内側面積の約10倍に相当する650平方キロメートルに及ぶこの広大なブータンの保護区は、インド領のアルナチャルプラデシュ州に隣接しているが、中国はこのアルナチャルプラデシュ州も「南チベット」と呼んで、折に触れて領有権を主張している。
過去においてはアジア開発銀行の同州の水力発電所建設案件が中国の反対で中止に追い込まれたほか、2017年4月のダライ・ラマ法王の同州タワン訪問の際にも激しく反発した。
2017年の夏にはブータンの西側のドクラム高原においてインド軍と中国軍が73日間、睨み合っている。中国軍の道路建設にブータンが反発したことを受けたものである。この時は外交交渉の結果、衝突を免れたが、ドクラム高原にはまだ中国軍が駐留している。
「幸せの国」で知られるブータンだが、その国家財政の半分近くはインドからの支援に頼っている。1998年のインドの核実験に際しても、ブータンは世界で唯一インドの支持に回った。このところネパール、スリランカ、バングラデシュといったインドの周辺国が次々と中国に囲い込まれて反インド化する中、ブータンはインドの最後の砦と言っても良い。
狙いはインド国境地帯の実効支配
6月15日のインド北部ラダックのガルワン渓谷におけるインドと中国の軍の衝突後、中印間で度重なる交渉が行われているが、すでに実効支配している領土を広げている中国側に妥協の様子が見られない。インドの属国ともいえるブータンに新たな領有権主張を突き付けることで、インドに揺さぶりをかけようという中国の意図が感じ取れる。
チベット亡命政府のロブサン・センゲ首相も言うように、中国共産党の野望の一つに、チベット周辺地域の最終的な併合がある。その周辺地域とは、毛沢東の言葉にあるように「チベットを掌とすると、5本指のように並ぶラダック、ネパール、シッキム、ブータン、アルナチャルプラデシュの5地域」である。その中でもチベット仏教徒にとってラサに次ぐ第二の聖地タワンがあるインド北東部のアルナチャルプラデシュはことさら重要である。
今回、中国が領有権を主張したブータン東部の保護区はこのタワンからは10キロほどしか離れていない。ブータンの東部を支配することによってインドのアルナチャルプラデシュ州の国境地帯の実効支配も念頭に置いた戦略と思われる。チベットを併合した中国が、人口80万の小国ブータンを併合することをさほど難しくないと考えることは、容易に想像できる。