公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.08.21 (金) 印刷する

ドイツの親中政策に変化の兆しも 佐藤伸行(追手門学院大学教授)

 あまりに遅きに失した感があるが、中国への過剰なまでの配慮が目についていたドイツのメルケル政権内で、対中政策の見直しを求める声がようやく高まってきている。

やや旧聞に属するが、メルケル内閣を支える連立与党・社会民主党(SPD)の連邦議会議員団が、新たな対中政策のポジションペーパーをまとめたことは注目していいだろう。中国に対して寛容すぎる態度を改め、中国に変容を促していく決意を宣言する内容であり、とりわけ、第5世代移動通信システム(5G)をめぐる中国の通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)の機器受け入れをめぐって、中国依存を事実上拒否した点は評価できる。

もっともペーパーは、連立与党とはいえ1政党の政策構想にすぎない。さらに内容を精査すると、対中政策を引き締めたものの、本質は新たな「関与政策」にほかならないことも分かる。それでも、ドイツの政策に一定の変化を促す契機になりうるのは間違いない。

メルケル後は対中認識厳しく

メルケル首相は2021年秋の総選挙には首相候補として出馬はしないと表明しており時事上、首相退任を決めている。首相の与党・キリスト教民主同盟(CDU)内で、次期首相候補の座を目指して名乗りを挙げている人物は、いずれもメルケル氏よりは中国に厳しい姿勢を見せている。

ドイツ各党は、メルケル氏退任のタイミングを見据えながら、対中政策の練り直しを進めていくと思われる。その際の対立軸は、ドイツの国是ともいうべき「チャイナ・ビジネス・ファースト」と、人権問題のバランスという古くて新しい問題となる。

メルケル首相は、2005年の首相就任直後、ダライ・ラマ14世と会談し、中国の逆鱗に触れた。独中関係は冷却化し、その後、関係の立て直しに長い時間を要した。その苦い記憶は、メルケル首相を過度に慎重にさせてきた。ドイツ経済の屋台骨を支える自動車などの基幹産業は中国市場に大きく依存しており、中国の「箸の上げ下ろし」にも気を遣わざるを得ない。

そうした意識が、ドイツが7月から欧州連合(EU)議長国に就任するに当たってメルケル首相が5月末に行った「媚中演説」の下地になっていたと思われる。

だが、新型コロナウイルスの感染拡大の中で、中国は侵略的覇権主義の行動を繰り返している。特に香港への国家安全維持法施行は、欧州における対中不信感・警戒感を一気に高めた。中国の経済が発展すれば、民主化が進むという幻想は打ち砕かれ、その幻想が最も強い国の一つであるドイツでも認識の変化が起こった。

バイデン勝利なら米独も改善

中国をめぐるドイツ、ひいてはEUの今後の態度を占ってみたい。11月の米大統領選でトランプ大統領続投が決まれば、メルケル政権は引き続きトランプ氏を白眼視し、その分、中国政策も穏やかな修正にとどまる可能性がある。「反トランプ」の空気は、中国への寛容な態度を促すからだ。

メルケル首相の後継者がCDU保守派なら、トランプ大統領とのケミストリー次第で米独関係が若干修復される余地はあるだろうが、トランプ氏は、祖先の国ドイツで極めて不人気であり、米独関係改善は思うほど捗るまい。次期ドイツ指導部は引き続き米中間でバランスをとることに腐心し、米国が呼びかける対決的な中国包囲網に加わるとは考えにくい。

バイデン氏勝利なら、米独関係は改善する。しかし、バイデン氏の対中国政策はなお関与政策の色彩を帯びている。バイデン政権とドイツの相性は良くなるが、迫力の乏しい米欧連携になってしまう。

英国やフランスに続き、メルケル政権が遅まきながらファーウェイ拒否に舵を切る可能性はあるかもしれない。しかし、当面の間、欧州が対中包囲網形成の重要な役割を担うようになると考えるのは、いささか早計であろう。