安倍晋三首相は28日、持病の悪化を理由に後継体制が整い次第辞任することを明らかにした。北朝鮮拉致被害者の帰国が実現せず、憲法改正を実現することなく政権の座を去ることは、首相自身が述べたように、まさに痛恨の極み、断腸の思いだろう。
第1次政権でも持病の悪化から突然の総辞職を余儀なくされた首相が、その後、奇跡のような再起を果たすことができたのも、これらの課題を何としても解決したいとの強い思いがあったからだ。
防衛政策の転換になお尽くせ
ただ、首相が「最後まで責任を果たす」と強調したように、退陣まで力を注いでほしいのが弾道ミサイル防衛体制の見直しだ。
首相が退陣を表明した記者会見で、中国・武漢発の新型コロナウイルス対策とともに挙げたのが、ミサイル防衛体制の見直し問題だった。首相は我が国を取り巻く厳しい安全保障環境を踏まえ、弾道ミサイル阻止に関して国家安全保障会議での協議に入ったことを説明し、「今後速やかに与党との調整に入りその具体化を進める」と明言した。
首相は平成24(2012)年12月に第2次政権が発足してから8年近くの間に、特定秘密保護法、テロ等準備罪を設ける改正組織犯罪処罰法、そして集団的自衛権の一部行使を可能とする安全保障関連法を成立させた。
さらに、ミサイル防衛を優先させて地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備を決めた。そうしたなかでも首相は「反撃能力も整備しなければいけないということは常に考えていた」(首相側近)という。
イージス・アショアの山口・秋田両県への配備断念では河野太郎防衛相の言動に注目が集まるが、最終的に決めたのは安倍首相であり、首相側近は「河野氏の暴走を奇貨として、防衛政策を大転換させる」と明言していた。
憲法改正のハードルも下げる
自民党のミサイル防衛検討チームは8月初旬に提言をまとめ、抑止力を向上させるための取り組みとして、憲法の範囲内で専守防衛の考えの下、相手領域内でも弾道ミサイルなどを阻止する能力の保有を含め、早急に検討して結論を出すよう政府に求めた。
もちろん、相手の領域内の弾道ミサイルを把握し、攻撃するような能力を自衛隊は発足して以来保持しておらず、実現に向けてのハードルは高い。
野党や一部メディアは、安全保障戦略の重大な見直しであり、退陣を決めた政権が手がけるテーマではないと批判するであろう。それでも首相には、残り少ない在任期間ではあれ、最後の最後まで弾道ミサイル防衛の見直しを進め、実現を図ってほしい。
集団的自衛権の行使に加え、反撃能力の保有が実現すれば、日本を長らく縛ってきた「専守防衛」のくびきからの脱却が一歩進むことになる。そうなれば、憲法改正のハードルも低くなるはずだ。