新型コロナウイルス感染拡大のなかで悪化した国のイメージを糊塗するため、中国の王毅外相が8月下旬に行った欧州5 カ国歴訪は、惨憺たる結果だった。
王毅外相は、「一帯一路」に参加しているイタリアを皮切りとし、中国との蜜月を保ってきたメルケル首相率いるドイツを歴訪の締めくくりに選んだが、いずれの国でも香港、台湾、ウイグル問題などで厳しい批判にさらされ、欧州との良好な関係を世界に喧伝しようとした中国の思惑は空振りに終わった。
訪問先のオランダの議会は、人権問題について議論を交わしたいと王毅外相を外交委員会に招致したほどで(もっとも王毅氏は出席を拒否した)、欧州において対中不信が急激に高まっている現状を北京は読み誤っていた。
対中政策で激変したドイツ
欧州連合(EU)の中でも、対中政策で最も急激な変化を見せたのがドイツだ。ドイツ政府は王毅外相がベルリンを去った直後のタイミングで、「インド・太平洋の指針」と銘打った新たな戦略文書を閣議決定した。
この戦略は、マース外相(社会民主党)が主導して作成したもので、インド・太平洋諸国との関係を強化し、対中関係とのバランスを取ることが眼目だ。「対外関係の多様化」を強調しつつ、インド・太平洋地域の安全保障にもドイツが広く関わる方針を打ち出している。
マース外相は声明で、「いかなる国も『力の極』の狭間で決断を迫られない、多極的世界構築の思考を強化していく」と述べ、米中二極体制を拒む立場を示した。欧州は米中冷戦に引きずり込まれることなく、「第三極」としての地歩を固める戦略を掲げたと言える。
ドイツ紙「ディ・ウェルト」によれば、マース外相は「われわれ欧州はアメリカと中国の間を転がるボールにはならない」「EUはより独立し、もっと自信をもって世界の舞台に出る」とも述べており、トランプ、習両政権のいずれとも距離を保ち、EUとして自律的な道を追求する決意を明らかにしている。
自由世界の支柱となる覚悟
数年前、メルケル首相は、トランプ大統領との初会談後、「ヨーロッパ人は自らの運命を自らの手で決めねばならない」という趣旨の発言をした。それ以降、メルケル政権にとって、中国はトランプ政権に対するカードの一枚になっていたわけだが、最近の中国の高圧的な言動は、従来の対中関係を継続できないまでにドイツをはじめとする欧州を追い込んでいた。
欧米の論壇では、「欧州の地政学的目覚め」(マックス・バーグマン氏『フォーリン・アフェアーズ誌』論考)といった観測も目立っている。仮に米大統領選でバイデン氏が勝利し、かつ政権交代が円滑に進んだ場合、欧州とバイデン政権は、トランプ政権下でこじれた関係を修復することになるが、それでも欧州は自律的な動きを強めていくことになるだろう。
「インド・太平洋の指針」は、自由でルールに基づいた国際秩序の形成に、ドイツを含む欧州は積極的にかかわっていくと表明しており、米国に代わって自由世界の支柱となる覚悟は変わらないと思われる。