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2020.12.10 (木) 印刷する

〝反日駐日大使〟にアグレマン出すのか 久保田るり子(産経新聞編集委員、國學院大學客員教授)

 韓国の文在寅大統領は日本が菅義偉首相に代わったのを機に日本に揺さぶりをかけようとしている。大統領特使として先月上旬、朴智元・国家情報院長を日本に送り込んだのをはじめ、下旬には、反日の急先鋒として名高い姜昌一・韓日議員連盟名誉会長を駐日大使として指名した。朴氏は日本側に1998年の「金大中・小渕恵三宣言」(日韓パートナーシップ宣言)のようなものを提案し、来年の東京五輪への協力も申し出た。しかし韓国大統領府は2年前のいわゆる徴用工賠償判決以来、日本が国際法違反として韓国政府に繰り返し求めてきた対応策は、なんら示していない。

ここにきての急ピッチな対日アプローチは、ご都合主義の手のひら返しである。理由は安倍晋三前政権の退陣とトランプ米大統領の選挙戦敗北にある。韓国の安倍政権への反感はすさまじく、安倍氏を軍国主義の象徴と決めつけてきた。日本の政権交代で、韓国には「対日関係はこれでよくなる。菅首相なら譲歩するだろう」という、全く根拠のない楽観論が広がっている。

一方で米政権が交代することで、韓国には自らが仲介したと自負する「トランプ・金正恩時代」が終わってしまったという困惑も隠せない。南北融和が最優先の文政権は、全方位で政策転換を迫られている。

「日王」と呼び、国後にも上陸

今回、駐日大使に指名された姜氏は、韓国・済州島出身の元学者で68歳。現在の文政権与党の左派「共に民主党」では「日本通」として存在感を示してきた。東京大学に留学し、「近代日本の朝鮮侵略と大亜細亜主義、右翼浪人の行動と思想を中心に」という論文で博士号を取っている。韓国中部の大田にある培材大学の日本学科教授から政界に転身した人物だが、韓国の政界では「目立つことを優先し、韓国世論に受ける発言をする」ことで知られる。反日の過激発言は数知れない。

天皇陛下については一貫として「日王」と呼び続け、慰安婦問題では「いつか日王(天皇陛下)や(日本の)首相が跪いて謝罪する」と元慰安婦らに述べてきた。徴用工判決については日本メディアを前に「韓国では国際法が国内法の上位にはない」と言い放った。昨夏の日本の対韓輸出規制を受けて来日したが、自民党の二階俊博幹事長らに面会を断られると、「安倍政権はずる賢く稚拙だ」とののしった。

日本固有の領土である北方領土(国後島)にもロシアのビザで上陸している。2011年、韓国国会の「独島(竹島)特別調査委員会」委員長時代のことだ。無論、日本への事前通告などない。

今夏、与党の「歴史と正義特別委員会」委員長になり、韓国の歴代大統領らが眠る国立墓地に関して「親日派の墓を掘り返せ」とする、いわゆる「親日派破墓法」を推進してきた。「国立墓地には仇敵(親日派)がいるため、有功者、愛国烈士たちは落ち着くことがない」「仇敵の鬼神(幽霊)がさまよっている」などと過激な発言を繰り返してきた。

文政権で随一の日本通

駐日大使の内示を受けてからの姜氏は、「今後、政治家ではなく大韓民国政府の大使になるので、わが国の公式な呼称に従って日王を天皇と呼ぶことになる」と述べ、一連の反日言動についても都合のいい弁明を繰り返している。また、「私を駐日大使に送るというのは、日本との関係を正常化しようという文政権の意思がそれだけ強いという意味だ」とも語っているが、全く説得力を持たない。

このような人物に日本はアグレマン(任命同意)を出す必要があるのか。そもそも韓国政府は、なぜこのような人物を日本に送り込むのか。韓国の政治記者の間では「文政権で日本通といえば、姜昌一氏ぐらいしかいない」「韓日議連会長を歴任、菅氏に強い影響力がある二階幹事長にも話ができる人物だ」「いまの韓日間の問題は外交官出身大使では交渉は無理」「反日度の高い大使に(文大統領は)あえて譲歩案を持たせるのではないか」などの観測が出ている。

確かに文政権は、菅首相に対抗する手段として「二階幹事長ルート」を重視しているようだ。大使人事に先立って来日した朴国情院長は、二階幹事長と20年来の付き合いがある親しい間柄だ。朴氏は金大中氏の最側近で、北朝鮮への秘密資金5億㌦を財閥、現代グループに出させることで2000年の南北首脳会談を実現した立役者だ。

二階氏とは閣僚時代からの知己で気が合い、「兄弟の契り」(二階氏のHPから)を結んでいるという。朴氏は来日して二階幹事長に会い、そのあとで菅首相に「金・小渕宣言」のような新宣言の提案を行った。

狙いは東京五輪の政治利用か

文政権が対日接近シフトを決めた狙いには、来夏に開催予定の東京五輪の政治利用がある、というのが韓国政界ではすでに通説になっている。文政権は2018年、平昌冬季五輪にペンス米副大統領や当時の安倍首相とともに北朝鮮から金与正氏を招き、その後の米朝首脳会談を仲介することで南北融和を演出した。東京五輪でも〝二匹目のどじょう〟を狙っている可能性がある。五輪の場を利用して日朝関係改善の後押しすることで、冷えきった現在の南北関係を動かそうという目論見である。

そのシナリオに沿った今回の対日特使派遣であり大使交代とみられている。さらに、北朝鮮を動かすためなら、日韓間の徴用工問題も動かす気があるらしい。

「韓国政府が原告から債権を引き取って現金化を回避する案や、1965年の韓日請求権協定で恩恵を受けた韓国企業などが中心になって賠償金を代位弁済する方法もある」。姜氏はこんなことも言い始めた。

韓国側は「放射能五輪」と言ってきた東京五輪を、一夜にして「平和五輪」などと呼び変えはじめている。彼らの融和ジェスチャーは本音が丸見えという感じである。菅政権に油断はないか。