公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.12.23 (水) 印刷する

「一帯一路」から撤退迫られる中国 湯浅博(国基研主任研究員)

 「一帯一路」を疾駆する列車が脱輪するのも、それほど時間はかからないのかもしれない。2020年12月12日付の英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は、「中国が世界から撤退する」との衝撃的な見出しで、中国の抱える海外貸付が多くの国で焦げ付いている事実を明らかにした。この経済圏構想は、投資家が二の足を踏む非効率なインフラであっても、習近平政権が「地政学のツール」として気前よく貸し付けてきたツケであろう。

指摘されていた債務の焦げ付き

これまでも、「一帯一路」ルート上の68カ国のうち27カ国は、S&Pなど国際格付け会社によってジャンク(ガラクタ)格付け、または投資不適格先と評価されていた。ただ、中国の狙いが、すぐに経済的利益を稼ぎ出すことより、むしろ、「アメリカと大国間競争をする上で必要」との地政学的な要請の上に立っていた。

楽観的な見方としては、マッキンゼー社のように、この事業がやがて世界の経済成長の80%に貢献する地域として拡大し、2050年までに30億人を中産階級へと導く可能性があるとの指摘もあった。だが、さすがのマッキンゼーも、「一帯一路」の道筋には様々なリスクがひそんでいることを隠さなかった。

2017年の最初の9カ月間だけで、中国の国内金融機関は57カ国に計96億ドルを投資した。米シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ研究所は「中国も大半は経済的利益をもたらさないと見ていた」と分析し、綱渡り状態であったことを明らかにしていた。

そうしたリスクに、先のFT紙の記事は、この世界最大の開発プログラムが、一転して債務危機になる可能性を指摘したのだ。

同紙はその根拠として、ボストン大学のデータから、中国開発銀行と中国輸出入銀行による貸し付けが、2016年の760億ドルをピークに、2019年にはわずか40億ドルに急減したことを明らかにしている。その上に、武漢ウイルスによるパンデミックが新興国を襲ったため、債務返済の再交渉が急増したという。

中国初の海外債務危機も

「一帯一路」の壮大なレトリックと現実とのギャップについて、アメリカ戦略国際問題研究所のジョナサン・ヒルマン上級研究員は最新著の『皇帝の新しい道』で、欠陥のある開発モデルをまき散らす中国流の「インフラ投資ブームは終わった」と宣告し、次のように指摘している。

「中国が過酷な運命を回避できるか否かは、債務救済が必要な国々と債務を再交渉する対応力にかかっている。中国が債務国に十分な救済ができないか、その意思がない場合は、債務危機の中心にあることに気づくことになる」

中国が金融機関を通じて融資した資金は、アメリカが第二次大戦後のヨーロッパ再建に拠出した「マーシャル・プラン」の金額(インフレ調整後)の7倍にものぼる驚異的なものだ。しかし、習近平国家主席が「世紀のプロジェクト」と豪語した「一帯一路」も、2020年12月のデータでは、ついに中国初の海外債務危機に至る可能性が出てきた。

FT紙によると、2020年には少なくとも18カ国が、パンデミックの直撃を受けるなどして中国と再交渉し、9月末時点だけでも12カ国がなお中国と交渉中であった。ヒルマン氏は「リスクは一帯一路に沿って双方向に走っており、これらの被害は北京に回帰する可能性がある」とみている。

北京はこれまでのところ、利払いを延期し、返済スケジュールの変更を柔軟に対応している模様だ。世界新秩序のプレーヤーをもくろむ中国が、万が一にも「世紀のプロジェクト」から撤退することになれば、「中国の夢」がしぼんで習政権の命取りになりかねない。

かつて、『大国の興亡』の著者で、イェール大学のポール・ケネディ教授は、世界を乗っ取ろうとむやみに拡大する「帝国主義の行き過ぎた野心」を警告したことがある。中国は栄光と奈落の狭間で、爆弾を抱えたまま厳しい綱渡りを迫られることになる。