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国基研ろんだん

2020.12.24 (木) 印刷する

欧州の「中国離れ」をどう読むか 三好範英(読売新聞編集委員)

 欧州の中国に対する見方が厳しくなっている。欧州委員会が昨年3月発表した「欧州連合(EU)-中国戦略見通し」は、中国を「別の支配モデルを宣伝する体制上のライバルの一面がある」と規定した。さらに、今年9月のドイツ政府の「インド太平洋指針」は、対アジア外交の原則として「同権に基づく多国間主義」「法規に基づく秩序」「普遍的な人権」などを列挙した。名指しこそしてはいないが、中国の近年の行動に対する牽制の意を込めたものと解釈できる。

英国は来年早々、空母打撃群を沖縄県などの南西諸島周辺を含む西太平洋に向けて派遣し、長期滞在させる方針と報じられている。フランスも12月、米海軍、海上自衛隊と共に日米仏の対潜水艦共同訓練を行ったし、来年5月にも、日米とともに水陸両用の共同訓練を日本の離島で行う予定という。

英陸軍参謀総長マーク・カールトン・スミス大将は「アジア地域に持続的な(軍事)プレゼンスを持つことは、同盟国に対する安心感と敵に対する抑止を与える」と発言しており、海洋覇権の意図を露骨に示している中国に対し、有志国が軍事協力して抑止を効かせる考えを明確に打ち出している。

いらだちと失望感増す欧州

EUは2003年に対中関係を「包括的な戦略的パートナーシップ関係」と規定して以来、経済を中心に急速に関係を深化させてきた。15年、習近平国家主席が訪英し、エリザベス女王と一緒に馬車に乗ってパレードした時が、こうした「黄金時代」の頂点だった。

わずか数年前までのこの中国との蜜月ぶりを想起すれば、欧州の思想と行動の変化は驚きに値する。

ただこの変化には下地があった。まず中国との経済関係が深化するにつれて、西側世界の常識では受け入れ難い知的財産権の扱いや、市場原理に背く中国国営企業へのいらだちが募ってきたことがある。

さらに、欧州企業の活発な買収による先端技術流出への懸念、潤沢な中国マネーを背景にした「一帯一路」構想によるギリシャなどの港湾の長期貸借戦略は「債務の罠」とも呼ばれている。中東欧諸国を対象にした欧州の分断策などが続き、欧州でも中国が身近な脅威として実感されるようになっている。

そして、この5年ほどは、南、東シナ海を力によって内海化しようとする露骨な動き、香港や新疆ウイグル自治区での人権侵害、新型コロナウイルス感染拡大当初の情報隠蔽など中国の唯我独尊的な動きが立て続けに起き、グローバルな視点から中国を問題視する認識が広がってきた。

中国が1970年代末に開始した改革開放路線を受けて世界の大勢は、経済発展すればやがて自由で民主的な中国が出現すると考えていた。中国との経済的結びつきを強めることこそ、そのための捷径であるはずだった。しかしここへ来て、それが見果てぬ夢だったとの認識が欧州でも広まっている。

中国経済はやはり頼みの綱

他方、中国武漢発の新型コロナ禍で深手を負った欧州経済にとって、いち早く回復軌道に乗った中国経済は頼みの綱だ。対中依存度はむしろ高まっており、ここで詳述はしないが、それは欧州だけではなく、日本も含め世界全体に当てはまる。

「中国離れ」が進んでいるとしても、米トランプ政権が唱道してきたようなデカップリング(分離)政策をどんな国でも採用できるわけはない。米国でさえも中国との経済関係を完全に断ち切ることは不可能だろう。

従って我々が注視すべきは、欧州が見せ始めた中国抑止への軍事的コミットメントはどこまで本気か、ということだろう。日本が直面している問題とは、中国の拡張に対していかに軍事的均衡を作りだし、既存の国際秩序の変更を許さないかである。

そのためには、米国との同盟関係が死活的に重要だが、それに加え、自由と民主主義に基盤を置くいわゆるlike-mindedな国々との関係が重要である。オーストラリア、インドばかりでなく、地理的には離れているが、欧州諸国がこの仲間に入ってくれれば大変心強い。

前述のようにアジア関与を強める英仏については、象徴的な行動以上の意味があるだろう。英国は今もグローバルパワーとしての意識を保持しているし、フランスは南太平洋に海外領土を保有する。軍事力に基づくバランス・オブ・パワーの発想も英仏には健在である。

ドイツの対中親密度は不変

問題はドイツである。アンネグレート・クランプカレンバウアー国防相は12月15日、岸信夫防衛相とのオンライン会談で、来年早々、独海軍の艦艇をインド太平洋に派遣することを表明した。本来ならすでに今年中に、フリゲート艦を派遣する計画だったが、コロナ禍で延期になった経緯があり、具体的にはその計画を予定通り実行するということだ。

ブリュッセルのシンクタンク「欧州研究センター」のローラント・フロイデンシュタイン政策部長は、「フリゲート艦自体に抑止力はないが、軍艦派遣は『何かをする』という決意表明。ドイツもインド太平洋地域で起きていることを等閑視はしない、という中国に対するシグナルだ」とこの派遣の目的を述べた。ただ、ドイツが意図しない点として、①中国封じ込め、デカップリングへの参加 ②台湾への軍事的支援 ③中国領海への艦艇派遣―を上げている。

実際、予定されていたフリゲート艦の活動は5か月間と長期にわたるが、範囲はインド洋に限られ、活動の中心は仏海軍との演習やオーストラリア訪問だ。英仏に比較して腰が引けている感はぬぐえない。そもそも封じ込めや抑止といった考え方は、戦後(西)ドイツの、法規範や対話を基礎にした多国間主義を掲げる外交にはそぐわないのである。

メルケル首相の近年の中国に関する発言も、その脅威に触れたものはないと思う。言及されるのは、2013年以来、EUと中国間で交渉している投資協定と地球温暖化対策での中国との協力関係である。メルケル氏自身は経済関係の親密化を通じて中国の変化を促すことができるとまだ信じているのではないだろうか。

緑の党の対中姿勢に注目

毎年のように訪中し融和姿勢だったそのメルケル氏も、来年9月の下院選挙を機に政治を引退すると表明している。来年春先にはこの選挙に向けて、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の首相候補が決まる。ノルトライン・ヴェストファーレン州のアルミン・ラシェット首相(CDU)、元CDU・CSU院内総務のフリードリヒ・メルツ氏(同)、バイエルン州のマルクス・ゼーダー首相(CSU)の3人が有力だ。

メルツ、ゼーダー両氏はメルケル首相の対中政策は融和的すぎると公言していることもあり、独メディアには、ドイツ新政権の対中姿勢は厳しくなるとの分析記事が見られる。ただ、州首相の2人は地元経済振興を目的に訪中したことがあるし、ゼーダー氏に至っては、今回のコロナ禍で中国からドイツに800万枚のマスク提供があった際、ミュンヘン国際空港まで出向いて受け渡しに立ち会った。経済界が支持母体であるメルツ氏も独中経済交流を促進する財団の設立を支持した。これらの政治家は首相の地位に就けば姿勢を変えるかもしれないが、中国の人権問題や海洋侵出をことさら問題視してきた政治家ではない。

選挙結果によるが、今のところ、CDU・CSUの首相候補を首班に、緑の党との連立の可能性が一番高いと見られている。対中姿勢の変化を促す要因があるとすれば、連立相手の緑の党だろう。シュレーダー政権(1998~2005年)の外相は緑の党のヨシュカ・フィッシャー氏だった。次期政権でも緑の党が外相ポストを得る可能性はある。

環境、人権問題が看板の緑の党は、この分野では原則を押し通そうとするだろう。その意味でドイツ新政権の中国に対する姿勢は厳しくなることが予想される。しかし、同時に緑の党は原発政策、歴史認識問題などを巡り日本政府の政策に批判的であり、むしろ日本の市民団体との関係が深いことを指摘しておきたい。

ホントは厳しい独の対日姿勢

日独間の価値の隔たりに踏み込んだとき付言したいのが、ベルリンに韓国系市民団体によって建設された慰安婦を象徴する少女像の問題である。日本政府の抗議にもかかわらず、当面の存置が決まったことは周知の通りだ。その背景には市民団体による執拗な働きかけと共に、それに同調するドイツ世論の存在がある。

ほとんどの独メディアの日本報道は、歴史認識問題に関して日本は過去の負の歴史をきちんと清算していないという予断に基づいている。「日本は謝罪も補償もしていない」という中韓の主張をそのまま報じるのが独メディアの大勢である。欧州人、とりわけドイツ人の「道徳的に劣った日本人」というマインドセットは固陋なものと見なければならない。

こうした執拗な否定的日本報道の実態を知ると、ドイツの主要政治家から「日独は価値を共有するlike-mindedな国」と言われても、「本当にそう思っているのですか」と眉につばをつけて聞いてしまう。「ドイツは日米豪英仏とともに中国包囲網に加わる」といった分析には現実味を感じることができない。中国への警戒感の高まり=日本への信頼感の高まり、ではないことはよく認識しておきたい。

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