公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.12.28 (月) 印刷する

警官の発砲めぐる日米の反応の違い 島田洋一(福井県立大学教授)

 産経新聞電子版12月19日付に、新潟県警の警察官による発砲死事件の記事が載った。読みながら、これがアメリカだったらどういう展開になるかと考えた。不幸な事件ではあるが、アメリカの状況を知る意味では参考になる。

暴動化しやすい米国の土壌

まず、「警官が発砲、包丁の男性死亡 新潟県警『適正使用』」と題する、当該記事を引いておく。

18日午後8時50分ごろ、新潟市西蒲区の住宅に通報を受けて駆け付けた新潟県警西蒲署地域課の40代の男性警部補が、包丁を振りかざして向かってきた住人の男性(37)に拳銃を発砲して弾が胸に当たり、男性は死亡した。県警の清水宏明警務課長は「報告を聞いた限り、現時点では拳銃の使用は適切だったと考える」としている。

県警によると、18日午後8時35分ごろ、同区津雲田の男性の家族から「精神的に不安定な兄が包丁を持っている」と110番通報があった。警部補を含む署員3人が8時45分ごろ到着し、住宅内にいた男性に包丁を捨てるよう玄関先で警告したが、従わなかった。

署員3人は拳銃を構えたが、男性は刃渡り約20センチの出刃包丁を振りかざしながら警部補に向かってきたため、約2メートル先の距離で発砲。男性は市内の病院に搬送された後、午後10時50分ごろに死亡が確認された。

警部補の発砲は1発だけで、威嚇発砲はしていなかった。県警捜査1課は、被疑者死亡のまま公務執行妨害容疑で捜査し、発砲した経緯など当時の詳しい状況を警部補から聴くとともに、男性を司法解剖して死因を調べる
産経新聞電子版 令和2年12月19日付

これがアメリカで発生した事件で、撃たれたのが黒人、撃ったのが白人警官なら、ニュースが伝わるや、アンティファら極左が煽る暴動、略奪、放火という事態に発展しただろう。警察車両や何の関係もない商店が襲われ、それを受けてリベラル派の政治家がテレビカメラを前に、「警察に蔓延する人種偏見」を非難し、デモ隊に共感の意を示し、ただし「一部の暴徒化」を嘆いて見せるといった展開になったはずである。

反トランプ運動とも連動

実際、10月26日、ペンシルベニア州フィラデルフィアで類似した事件が起こっている。双極性障害(以前は躁鬱病と呼ばれた)を患う27才の黒人男性が、発作に襲われ、危険なふるまいをしているとの通報が、家族から警察に寄せられた。複数の警官が現場に駆け付けたところ、男性がナイフを手に向かってきた。警官が拳銃を構え、後ずさりしつつ「ナイフを置け」と繰り返し叫んでいるさまが、ビデオにとらえられている。しかし男性は警告を聞かず、逆に間合いを詰めてきたため、警官が拳銃を数発発砲、男性は死亡した。

その夜、警察の「暴挙」に抗議する「黒人の命は大事」デモが起こり、パターン通り「一部が暴徒化」した。

警察側の発表によれば、警備に当たっていた女性警官1人が「ピックアップトラックにひかれて」足を骨折し入院。他に「デモ隊」の投石により30人前後の警官が負傷した。商店も略奪され、警察に対する襲撃犯を含め91人が逮捕された。

フィラデルフィアは民主党の牙城で、ジム・ケニー市長(白人男性)以下、主だった政治家はみなリベラル派である。2020年5月25日のジョージ・フロイド事件(白人警官に首を膝で押さえられた黒人容疑者が死亡)以降、全米各地で、反トランプ運動とも連動して「黒人の命は大事」運動が高まったが、その中で、極左は「警察の資金を断て」(defund the police)を新たなスローガンとして打ち出した。

フィラデルフィア市議会も、警察予算の3300万ドル(約35億円)カットを決め、暴動への対処にあたって催涙ガスや唐辛子スプレーの使用を禁止することなども議決した。警察はその分、力をそがれたと言える。

求められる予断なき公正な検証

上記の発砲死事件では、警官がなぜ比較的致死性の低いテーザーガン(電撃銃)を使わなかったのかが議論になった。確かに重要論点である。民主党の前市長(黒人男性)は、「警官らが適切な装備もなしに現場に送り込まれたのは、言い訳不能で、市の指導部の責任だ」と現執行部を論難した。

これに対しダニエル・アウトロー市警本部長(黒人女性)は、「テーザーガンの配備状況や購入量については再考の余地があるかも知れない」と批判を一部認めつつ、「単年度で90万ドル(約9300万円)のテーザーガン購入予算が組まれており、市の指導部の責任をあげつらう議論は受け入れられない」と反論している。

以上の事実だけを見ても、この発砲死事件を、白人対黒人、警察対黒人といった単純な図式で割り切ることがいかに不適切かは明らかである。にも拘わらず、人種差別への抗議を錦の御旗にした暴動、略奪につながった。新潟ではおよそ考えられない話だろう。

重要なのは、予断なく個々の事件を公正に検証する姿勢である。アメリカでは、その基本が往々にして崩れる。責任は主として、政治的思惑から極左に迎合する傾向を強めたジョー・バイデンやカマラ・ハリス両氏を含む民主党リベラル派および主流メディアにある。他山の石とせねばならない。