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2021.02.01 (月) 印刷する

軍と一体の海警に海保は対応できるのか 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 中国が、日本の海上保安庁に相当する海警局の権限などを定めた海警法が2月1日から施行される。同法第22条には「国家主権、海上における主権と管轄が外国の組織、個人による不法侵入、不法侵害などの緊迫した危機に直面した時、海警は本法及びその他の関係法に基づき、武器使用を含む一切の必要な措置を取って侵害を制止し、危険を排除できる」とある。中国は尖閣を自国領土としていることから武器使用は当然予測される。

武器使用にはハード・キル(物理的破壊)以外にサイバー攻撃などのソフト・キルもある。2013年、米国防大学の同窓会で一緒になったフィリピン海軍の大佐は、2012年にルソン島西方約230kmにあるスカボロー礁で中国沿岸警備隊(現在の海警)の船と睨み合った海軍艦(旧米沿岸警備隊船)長で、中国海軍艦からの電子妨害(ジャミング)を受けレーダースコープが真っ白になってしまった、と当時の経験を筆者に語ってくれた。

「1990年代に米軍をフィリピンから追い出してしまったのは失敗」と語った彼の言葉は、尖閣危機時に真っ先に投入される米海兵隊航空部隊の普天間代替え基地を沖縄以外にと主張している玉城デニー沖縄県知事に聞かせてやりたい。

戦わずして屈服している日本

中国の海警は2018年に中央軍事委員会の隷下に編入され、トップは人民解放軍海軍で東海艦隊副参謀長だった少将である。所有艦艇も海軍のお古であることから第二海軍と呼称されている。

これに対し海上保安庁は、海上保安庁法第25条で軍隊としての組織・訓練・機能を禁止されていることから、上記のようなレーダー・ジャミングを始めとする攻撃に有効に対処できるのか疑問である。

25条を改正して準軍事組織にすべきだとする主張に対しては、中国を刺激して強硬策の口実にされるとする反対論がある。だが、そうした考えは、中国が「三戦」と呼ぶ「輿論戦」「法律戦」「心理戦」に戦わずして屈服している。海上保安庁は既に国際戦略研究所が毎年発行しているミリタリーバランスでも準軍事組織(Paramilitary)として分類されているのだ。

これまで中国は「三戦」で敵対国の軍事能力を抑える一方、自国のそれを向上させてきた歴史がある。1990年代後半に中国は日本の弾道ミサイル防衛(BMD)への参画を軍拡競争に発展するものだとして大反対のキャンペーンを張っていたが、その裏で自国はBMD技術を開発し、2006年には、ちゃっかり成功させているのだ。自国が軍事力を増強すれば相手も増強するので軍拡競争になるというセキュリティー・ジレンマ論も実態を見れば日本が防衛費を約10年連続して削減していた間も中国は一貫して国防費を二桁の伸び率で増強していたのだ。騙されてはいけない。

民兵も含む中国の海上戦力

『孫子の兵法』九地篇第十一は自軍を「常山の蛇」に例えて次のように述べている。「其の首を撃てば則ち尾至り、其の尾を撃てば則ち首至り、其の中を撃てば則ち首尾倶に至る」と。ここで首を海軍、中を海警、尾を海上民兵と読めば、1974年の西沙群島西方での中越海戦は「其の尾(海上民兵)を撃てば則ち首(海軍)至り」に相当し、中比間のスカボロー礁事件は「其の中(海警)を撃てば則ち首(海軍)尾(海上民兵)倶に至る」に相当する。

「其の首(海軍)を撃てば則ち尾(海上民兵)至り」の戦例は未だないが、航行の自由作戦を行なっている米艦艇には常に中国海上民兵船が付き纏っていることから潜在的に起こりうる。

筆者は2011年10月に人民解放軍理工大学が行なった内外軍事学校長フォーラムに防大校長名代で招待された時、軍事博物館にも案内されたが、そこでは1974年の中越海戦を人民解放軍が交戦した数少ない、最初の、しかも「輝かしい勝利」例として、また、いわゆる「自衛のための反撃」として戦闘経緯が図示されていた。