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国基研ろんだん

2021.03.05 (金) 印刷する

バイデン政権への欧州の期待と齟齬 三好範英(読売新聞編集委員)

 「米国は帰ってきた」――バイデン米大統領はこの言葉を繰り返した。2月19日、オンラインで開催された「ミュンヘン安全保障会議」での演説でのことだ。

同会議は1962年から毎年開催されており、バイデン大統領は1980年から上院議員や副大統領として何度も出席している常連だ。安保をテーマにする国際会議としては老舗的な会議だが、現職米大統領が(ウェブ上ではあるが)参加したのは初めてだった。米欧関係改善に向けた米側の熱意を欧州側に伝える意図があったのだろう。

ヨーロッパ側もそれにこたえ、ドイツのメルケル首相は演説で「多国間主義への兆候は(前回、同会議で演説した)2年前よりはるかに良くなっている。それはバイデン氏が米大統領になったことに大いに関係している」と述べ、あけすけなまでに期待感を表明した。

メルケル首相はトランプ前米大統領とは思想的にも性格的にも水と油の関係で、トランプ氏の任期途中からバイ(2者間)の会談を避けるようにまでなった。「戦略的忍耐」を余儀なくされていたメルケル首相は、トランプ氏の退場に心底安堵しているに違いない。

特殊だったトランプ時代

ロシアの脅威に直面するポーランド、バルト3国を始め東欧諸国は、トランプ氏の大統領就任当初は「北大西洋条約機構(NATO)は時代遅れ」といった発言に相当気をもんだはずだが、これら諸国への米軍のコミットメントは実際には増強された。ドイツをはじめ西欧の多くの国がトランプ政権と距離を置いたのに対し、これらの国は安全保障の観点からトランプ氏を高く評価し、対米関係は良好に推移した。

ただ、東欧専門の外交筋によると、「バイデン政権に変わっても、トランプ政権との間で積み上げてきた安全保障上の取組みを否定する発言は一切出ていない。米ポーランド関係はすでに成熟の段階に入った」として、ポーランドは米国の政権交代を否定的には見ていないという。

今の欧州の主流の外交姿勢は、多分に建前の面もあるが、多国間の枠組みを活用した国際問題の解決であり、気候変動、コロナ禍克服、イラン核開発などの問題について、米欧の歩調が合う場面は増えるだろう。旧知のドイツ政府筋はバイデン大統領を、「klassisch(ドイツ語で古典的、模範的の意味。英語のclassic,classical)な大西洋主義者」と呼び、「概して言えばバイデン大統領就任は、外交、安保、通商など多くの面で協力関係強化につながるとの期待を生んでいる」と語った。

米欧関係は、イラク戦争(2003年)をめぐる外交戦のように時に鋭く対立することはあったが、同じ価値を共有する「西側世界」としての意識は保ってきた。「西側世界」の解体が懸念されたトランプ時代が特殊だったのであり、米欧関係は「トランプ前」の状態に戻るだけとの見方は可能だと思う。

ただ、こうした楽観的な雰囲気は、政権交代直後のある種のユーフォリア(多幸感)の側面もある。

戦略的自立の模索続く欧州

トランプ政権の期間中、欧州では「戦略的自立(strategic autonomy)」の議論が盛んになった。少なくともトランプ政権が続く間は、米国との間の価値や戦略的な隔たりは明らかであり、これまでのように米国に依存することはできないという認識からだった。

政権交代によって、「自立」を巡る議論にこれまでのような切迫感はなくなるだろうが、欧州の自立を模索する流れはバイデン政権になっても続くだろう。

というのはまず、米大統領選挙でトランプ氏の得票率は47%だが、得票数は前回2014年選挙より増やした。そのことに見て取れるように、「トランプ現象」を決して一過性のものとは見ていないからである。一国主義的傾向が米国外交にこれからも陰に陽に影響を与えるだろう。

また長期的にはグローバルパワーとしての米国の衰退への懸念である。米国の世界の安全保障問題への関与の低下、あるいはアジア・太平洋へ重点を移行することは不可避の傾向だからである。

他方、欧州の主要政治家、安保専門家は、米国の卓越した軍事能力や核抑止なしには当面、欧州の安全保障は成り立たないとの現実認識も保っている。

欧州の軍事力強化は米も歓迎

戦略的自立の唱道者であるフランスのマクロン大統領は、英紙フィナンシャル・タイムズのインタビュー(2月19日付)で、「私は戦略的自立の支持者だが、NATOに反対しているからでも、友人である米国を疑っているからでもない。公平な負担の分担が必要であり、欧州は欧州や近隣地域の防衛を米国に委託するわけにはいかない。一緒にやらねばならない」と語っている。

また、ボレル欧州連合(EU)外交安全保障上級代表は、「欧州が真剣に安全保障に取り組んでこそ、米国も真剣になる。能力があり自立した欧州こそがバイデン政権と協力し、成果を上げることができる。欧州の戦略的自立は、より強力な大西洋同盟と矛盾しないし、むしろその前提ですらある」と指摘している。

つまり、欧州の戦略的自立を目指す努力は、NATOを強化し米国のためでもあるという論理である。1年ほど前に話を聞いたドイツの安保専門家は、「仮にEUが軍事的機能を高めても、EUがNATOに取って代わるまでには15~20年はかかる」と話していた。自立とは言っても、欧州が安全保障面で米国からのフリーハンドを得ることは当面あり得ない。

従って米国にとって欧州の軍事力強化は素直に歓迎できる動きだろう。ただ、それは応分の「責任」を加盟国に担わせる期待と一体である。欧州の安保専門家の間では、米国は欧州周辺の紛争解決は欧州に委ね、将来的にアフリカや中東での大規模な軍事行動も行わないとの観測が出ている。

具体的貢献求めるバイデン

同盟関係を財政負担の多寡でしか見なかったトランプ流とは異なり、バイデン大統領は具体的な紛争関与のオペレーションにまで踏み込んで欧州側の貢献を求めるだろう。欧州はトランプ政権の時のように、米国の外交安保政策に距離を置き、傍観者にとどまるわけにはいかない。むしろ当事者としての覚悟を問われるケースも増えることになる。

さらに、「体制上の抗争者」の性格がはっきりしたロシア、中国に対し、どれだけ共同歩調を取れるかが試金石である。バイデン政権の対露、対中政策はまだ不分明なところがあるが、ロシアに対してはトランプ政権より強硬、中国に対しては、気候変動対策などで是々非々の姿勢を取りながらも、「関与」より「抑止」に重点を置く基本姿勢は継続し、人権問題ではより強硬姿勢を取るだろう。その点で、欧州主要国ドイツの動向は要注意である。

対露関係では、バルト海の海底天然ガスパイプライン「ノルトストリーム2」建設が懸案である。トランプ政権はロシアからドイツに直接ガスを送るこのパイプラインに関して、ロシアに対するエネルギー依存度が高まることなどを理由に、建設参加企業に制裁をちらつかせて敷設工事を一時中断に追い込んだ。

バイデン氏もほぼ同じ理由で、大統領選期間中から建設反対姿勢を明らかにしている。米議会にも超党派で建設反対の強硬意見がある。ただ、敷設はもう9割以上、完成しており、米国からの圧力にもかかわらず工事は昨年12月に再開した。脱原発、脱石炭を進めるドイツにとって、新たなガスパイプラインは死活的に重要であり、米国からの「圧力」への反発も与野党問わず広がっている。

ありうるドイツの米国離れ

ロシア(ソ連)西シベリア産の天然ガスを西欧に供給するパイプライン建設は1980年代も問題化したことがあり、1985年のボン・サミットでは議題の一つとして取り上げられた。エネルギーを巡る地政学は、米国とドイツとの間で宿命的とも言える対立関係があり、今後も折に触れて表面化するだろう。

対中関係では、中国の軍事的拡張に対し、ドイツを含め欧州でも警戒心が急速に高まってはいる。その一方で、コロナ禍で大きく落ち込んだドイツ製造業が、一足先に景気を回復させている中国市場への輸出をテコに急速に回復している現実もある。自動車産業を中心に中国頼みの構図はますます強まっている。昨年末のEU・中国投資協定の大枠合意も、メルケル首相の強いイニシアチブがあってのことだった。

投資協定については、バイデン政権の安保担当大統領補佐官に就任が決まっていたジェイク・サリバン氏がツイッターで、「中国の経済上の振る舞いに対する懸念に関して、早期に米欧間で協議することを歓迎する」と、拙速な合意を牽制するメッセージを発した。しかし、メルケル首相は対米協調よりも、自国経済の救済を優先させた。

バイデン大統領の同盟国重視とメルケル首相の多国間主義は、気候変動対策での中国との協調においては一致するが、技術覇権や人権問題での米国の強硬外交においては齟齬を来す。フィナンシャル・タイムズ紙の政治コメンテーター、フィリップ・スティーブンズ氏は2月12日付の記事で、「ドイツは多国間主義や人権尊重の点で人後に落ちないと思っているが、あくまでもドイツの経済利益、少なくとも中露とのビジネス取引を損なわない限りでのことだ」と手厳しく書いている。

ドイツの主流政治家は米欧同盟の重要性をよく自覚しているが、対中露外交での齟齬から長期的にはドイツが米国離れをする可能性もある。そうなればポーランド、バルト3国は逆に米国寄りの姿勢を強め、欧州は分断傾向を強めることになる。

欧州の対米中露を巡る課題は、そのまま日本の課題でもある。バイデン政権で米欧関係がどう変わるか注視しなければならない。