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2021.02.25 (木) 印刷する

警護部隊すら信じられぬ金正恩の不安 西岡力(モラロジー研究所教授・国基研企画委員)

 私は昨年9月24日付の本欄を含む様々な媒体で、米軍が北朝鮮を攻撃する可能性、具体的には金正恩を暗殺する斬首作戦を実行する可能性が2017年秋には高まっていたと書いてきた。その根拠の一つが、複数の米軍筋が当時、自分たちは金正恩の位置情報を持っているとリークしていたことだった。

この話が正しいなら、位置情報を流す米軍のスパイが北朝鮮内部にいるということを意味する。ここにきて少しずつ真相が明らかになってきた。2018年の秋に、金正恩の警護を担当する護衛司令部の司令官とナンバー2の政治委員が処刑された。その理由は、金正恩の別荘を警備する護衛司令部の幹部らのスマホに位置情報を衛星通信で外部に知らせるGPS装置が装着されていたことだという、衝撃的な情報を2019年に私は入手していた。

金王朝の側近からも裏切り

最近、護衛司令部の粛正について、より具体的な内部情報を入手した。これは脱北者人権活動家の姜哲煥が内部の協力者から得た情報だ。これまで私が得てきた情報と矛盾しないし、ほぼ同じ情報を私も入手したので信ぴょう性はかなり高い。

処刑は2018年11月13日で、処刑された幹部のリストも分かっているが、司令官と政治委員は公開処刑されず、無期懲役で収容所送りになり、そこで秘密処刑されたという。

司令官の尹正麟(ユン・ジョンリム)大将(当時81歳)は、11月13日に慈江道介川教化所に収監された後、そこで非公開処刑された。彼は肺がん治療中であった。組織指導部の検閲で、多額のドルを賄賂として受け取っていたことが判明したという。

尹大将は2014年には金正恩と腕を組んでいる写真が公開されるほど、金正恩の信頼を一身に受けていた。金正日時代に新設された護衛司令部の生え抜きで、金日成、金正日、金正恩の三代にわたり一生を警護に献げてきた軍人だ。その男が裏切ったとされたのだから、金正恩のショックは大きかったはずだ。

そしてもう一人、政治委員の金成徳(キム・ソンドク)上将も11月13日に介川教化所に収監されて、そこで非公開処刑された。彼の罪状は、護衛司令部の財政部長、金愛淑(キム・エスク)少佐から3カ月に1回、700ドルの賄賂を受け取り、また金愛淑をはじめとする護衛司令部の女性軍人と性行為を行っていたというものだった。

GPS付きスマホも持ち込む

そしてやはり11月13日、姜健軍官学校の校庭で高射砲による4人の公開処刑があった。そのうち1人が財政部長の金愛淑だ。金与正の側近で、護衛司令部の資金を握っていた。司令部の資金を20万ドル以上横領し、政治委員の金成徳や幹部の部長に司令部の資金から3カ月に1回、計7000ドルを上納していたという。金成徳とは1週間に2回会って性的関係を持っていた。幹部の部長らとも性的関係を持っていた。「南朝鮮の〝不純映像〟」を鑑賞し、麻薬を常用していたことなどが罪状として公表された。

金与正の側近だったので、与正は彼女をかばって処刑を免れるように運動したようだが、金正恩は首を縦に振らなかったという。

もう一人が東洋会社の関係者だ。これは護衛司令部の外貨稼ぎの会社だが、そこの総裁、朱ソンチョル(50歳)が公開処刑された。会社の資金120万ドルを私利私欲のために隠匿浪費した。組織指導部は検閲時に一部を自宅から回収したが麻薬の売り買いをしていた。財政部長の金愛淑と性的関係を持っていた。米国情報機関に買収され、GPS付きスマホを護衛司令部に持ち込んだ犯人だとされた。この東洋会社は主として東南アジアで活動している。そこで買収されたということのようだ。

ほかにも女性が2人。これは巫堂(ムーダン)だ。北朝鮮では表向き占いは禁止だが、これだけ社会が不安定だと幹部らはみんな占い師のもとにいく。ムーダンが占いをする。一人は81歳だったという。

直属の警護部隊を3つ新設

2017年から18年末まで続いた護衛司令部の大粛清で、少将以上の幹部97人が処刑もしくは収容所送りになり、あるいは地方追放になった。少佐から大佐までの中間幹部数千人がクビになった。

平壌には護衛司令部の子弟が通う高校がある。そこの生徒の半分が消えてしまったという。平壌には英才教育をする4つの「第1高校」があるが、そのうち一つが「代を継いで最高首脳部を護衛する人材を育てよ」という金正日の親筆指示で作られたミサン第一高等中学だ。在校生の80%が護衛司令部か関係機関の幹部の子弟だった。同校の在学生の半分が政治犯収容所に収容されるか、地方に追放されてしまった。家族連座制で生徒たちも粛清されたのだ。

また、こういうことも起きた。金正恩の警護部隊が4つになったのだ。金正恩は護衛司令部を信用できなくなった。そのため2020年、自分や金与正を警護する警護部隊を3つ新設した。すなわち、党中央委員会護衛処(司令官ヒョン・スンチョル上将)、国務委員会警衛局(金チョルギュ上将、4000人規模)、最高司令部護衛局(金ヨンホ中将、1万人)だ。護衛司令部(クァク・チャンシク上将)も残してあるから4つの部署が金正恩の直接の指揮下にあってお互いを牽制しあっている。

最高司令部護衛局には作戦部戦闘工作員部隊、すなわち暗殺、テロ、拉致などの対外工作のエキスパートが組み込まれたという。横田めぐみさんについて証言した安明進氏も作戦部の戦闘工作員だった。対外テロのための精鋭部隊だ。その部隊を自分の警護に回さざるを得ないくらい金正恩は不安を強めている。