公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.03.15 (月) 印刷する

福島第一原発事故から10年 奈良林 直(東京工業大学特任教授)

 福島第一原子力発電所の事故から3月11日で10年が経過した。この間に得られた教訓は何か、今なお原発に賛成する国民の割合が少数派にとどまっているのはなぜか―などについて反省点を整理してみたい。

政府は2050年までに二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現を目指すとしているが。それを見据えつつ、原子力規制委員会が原発の安全安心の確保について2013年に策定した新規制基準について改めて考えてみた。

冷却ポンプと非常用電源の共倒れ

福島第一原発では、地震により盛り土が送電鉄塔を押し倒し、外部からの電源供給が途絶えた。次いで、津波による被水で2台の非常用ディーゼル発電機が機能停止した。

一方、福島第二原発でも海水冷却のためのポンプが同時に被水して非常用炉心冷却系(ECCS)が停止し、一時は原子力災害対策特別措置法第15条(全⾯緊急事態)による通報をするなどの危機に陥った。

ただし福島第二原発では、海水ポンプをメーカの工場や柏崎刈羽発電所から自衛隊のヘリコプターによる空輸やトラックによる陸送で交換にこぎつけ、補器冷却系の機能回復により危機を脱している。

しかし福島第一原発では、非常用炉心冷却系は海水ポンプの「津波による共倒れ」により機能を果たすことができなかった。自動車で言えば、ラジエータの水が抜けてエンジンの冷却が不能となってエンストしたことに等しい。

これは従来の安全系の設計上の重要な反省事項である。このことから、わが国の原発では多様な炉心注水システムが用意されることになった。また、英国の原発でも炉心冷却系の共倒れを防ぐ設計が重視されるようになっている。

止める、冷やす、閉じ込める

原子炉で異常・故障などが発生した際は、放射性物質が発電所の外へ漏れ出ることを防ぐことが重要になる。

そのためのポイントは、大きく分けて、①異常を検知し自動的に制御棒を挿入して原子炉の核分裂反応を停止させる「止める」機能②運転停止後、原子炉の燃料の破損を防ぐため冷却を続ける「冷やす」機能③放射性物質を発電所外に出さないため多重の格納措置を取る「閉じ込める」機能―の3つである。炉心損傷を防ぐには、高温の燃料棒を水で冷やし続けることが不可欠である。

炉心の冷却に失敗して、圧力容器の底がメルトダウンした高温の物質で溶けて抜け落ち(メルトスルー)たとしても、格納容器を破損させないための対策として、蒸気中の放射性物質を濾し取って放出(ベント)するフィルターベントが必要である。

また、意図的な航空機衝突(テロ行為)などを想定した、特定重大事故対処施設(特重)の設置も求められている。テロ攻撃に対処するため、堅牢な地下要塞(バンカー)の中に炉心損傷を防ぐ注水ポンプや非常用発電機、原子炉の操作盤、水源なども設置された。加圧水型原子炉(PWR)においては、フィルターベントも特重施設として設置され、沸騰水型原子炉(BWR)では過酷事故時の対策として設置した。

しかし、PWRにおける特重審査は途中で要求仕様が高くなり、そのために工事遅延が発生して順次運転停止に追い込まれ、現在は2基しか運転されていない。1月上旬には大雪により太陽光が出力低下に見舞われる一方、電力需要が高まったことで、電気の使用量は97%から99%に達した。大停電の危機でもあった。行政手続法に照らして不適切な規制と言わざるを得ない。

恐怖煽る過剰報道の責任

福島第一原発事故の際には、急性放射線障害で亡くなった人はゼロであった。一方、マスコミの過剰報道もあって、放射性物質(放射能)に対する恐怖心が極度に広がり、人々が帰宅できる年間被曝線量は、細野豪志原発担当大臣の判断により1ミリシーベルトまで下げられてしまった。

これにより帰宅困難者が大幅に増え、長期の仮設住宅暮らしを余儀なくされた。不自由な避難生活などによる震災関連死は2300名を超えた。

福島の被災地を訪れたチェルノブイリ原発のあるウクライナの首都キエフにある国立放射線総合病院の精神科院長からは「放射能汚染よりも情報汚染の方が遙かに危険だから福島でも気をつけるように」というアドバイスであった。残念ながらこのアドバイスは生かされなかった。

当時の細野担当相は、その後、自民党に移って、許容被爆線量を1ミリシーベルトから5ミリシーベルトに上げるように発言したが、もっと早い段階で言うべきだった。震災で失われた時と人の命は戻らない。いまさらではあるが、原発の安全安心の確保については、国際標準と一致させるべきであった。