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国基研ろんだん

2021.06.18 (金) 印刷する

バイデン政権下で米独関係は修復するか 三好範英(読売新聞編集委員)

 6月11日~13日、イギリス・コーンウォールで開催された先進7カ国首脳会議(G7サミット)は首脳宣言で、覇権主義を強める中国に「懸念」を表明し、「台湾海峡の平和と安定」の重要性に言及した。東・南シナ海に関しても、「現状を変更しようとする一方的な試みに対する強い反対」を表明した。

サミットが中国を巡る安全保障問題を主要議題に据えたのは初めてだった。バイデン米大統領の就任以来の外交姿勢からそうなることは当然予想されたが、宣言は想定されていたよりも相当踏み込んだものになった―というのが大方の評価だろう。各種報道を見れば、日本、英国はほぼ米国と同一歩調を取ったが、ドイツ、フランス、イタリアの欧州諸国は消極的だった。とりわけドイツは中国への対処に関して米国とは最も隔たった主張をしたのではないか。

サミットの首脳宣言が4月の日米共同声明に比べ、東・南シナ海での中国の行動に対し、名指しで批判している箇所がやや弱い表現になっているのは、ドイツなどの主張に配慮した可能性はある。

中国偏重のアジア政策修正

メルケル独首相は会議中、「中国抜きには気候変動問題は解決できない」と従来の主張を繰り返したし、討議がほぼ終了した時点の記者会見では、中国について、日本・欧州連合(EU)投資協定などに関連して簡単に触れただけで、安全保障に絡む言及は皆無だった。

それはこれまでのドイツの対中姿勢からも予想されることだった。

ドイツも昨年9月に外交戦略「インド太平洋指針」を閣議決定し、アジアへの関与を強める姿勢を明確にした。指針では確かに、海洋の自由の重要性など中国を牽制する原則が盛り込まれている。

しかし、その指針策定を促した動機の一つは、これまでのアジア外交が中国偏重だったとの反省に基づいた、日本をはじめアジアの他主要国との関係再構築の必要からである。指針では、新たな関係の基礎として、欧州の北大西洋条約機構(NATO)や全欧安保協力機構(OSCE)をモデルに、日本をはじめアジア主要国との間で多国間の枠組みを築く必要性が強調されている。

米中どちらにも与しないことが繰り返される一方、中国を脅威とみて、それを軍事的に抑止する発想はないから、日米同盟を基軸として有志国が中国を抑止する動きを牽制しているようにも読み取れる。

「トランプ前」の常態に戻る

もっとも、サミットでは中国に対するかなり厳しい内容の宣言に同意したのだから、ドイツも米国に歩み寄ったとの見方もできるだろう。

3月5日付本欄の『バイデン政権への欧州の期待と齟齬』で書いたように、バイデン氏の同盟国重視の姿勢はメルケル独首相の多国間主義と波長が合う。地球温暖化、感染症対策などグローバルな課題で米独が共同歩調を取ることも増えるだろう。

ロシアに絡み、米独間の懸案だった天然ガスパイプライン「ノルトストリーム2」建設問題も、ウクライナがロシアから得ているパイプライン使用料収入を今後も保障することで、妥協ができそうである。

米独関係が緊張を孕むのは、例えば最近ではイラク戦争(2003年)にも見られたように、しばしば繰り返されてきたことである。しかし、NATOを介して同盟関係にある米独が全面的な敵対関係になることはあり得ず、自ずと関係悪化は一定の範囲内に収まってきた。バイ(2国間)の首脳会談開催が不可能なほど悪化したトランプ時代が例外的だったのであり、そこにはメルケル氏とトランプ前米大統領の険悪な個人的関係も影を落としていた。バイデン時代の米独関係は「トランプ前」のいわば常態に戻るだけとも言える。

地政学的、外交思想にも違い

ただ、サミットでも垣間見えた対中関係の調整の難しさは、今後の米独関係にとって最もやっかいな問題の一つとなり、長く影響を与えることになりそうである。

私は米独の対中姿勢には次のような点で根本的な違いがあると考えている。

第1に地政学的(geopolitical)な立場の違いである。

第二次世界大戦後の米国の大戦略は、ユーラシア大陸の縁に自国軍を常駐させて大陸国家勢力の伸長を食い止めると共に、広大な海洋権益を確保する「前方展開戦略」である。インド太平洋の重要性は死活的といっても過言ではなく、安全保障上の中国の脅威とそれへの対処は、具体的な軍事シナリオの問題である。

他方、インド太平洋地域に英仏のような海外領土を持たないドイツにとって、地理的に遠く離れた中国の脅威とは、そもそも実感を伴わない観念的なものである。関心のほぼ全ては依然として経済関係に向けられ、人権問題への言及も経済的利益を損なわない範囲に止まっている。

第2には外交思想の違いである。

米国外交は軍事力による抑止や封じ込め、バランス・オブ・パワー(勢力均衡)といった軍事力の要素を本質的に組み込んでいる。他方、ドイツには第二次世界大戦やナチス・ドイツといった負の歴史が今もなお重くのしかかっており、外交に力の要素を忌避する傾向が強い。

西ドイツ時代には、そうした平和主義志向を強調し、西ドイツが「シビリアンパワー」になったといった議論も盛んだった。また、冷戦終結を可能にしたのは、米国の軍事力によるソ連抑止よりも、ドイツ独自の「東方外交」、つまり旧ソ連共産圏との関係強化、人権外交にあったという歴史認識が支配的であることも、多国間主義に基づく平和外交が優位を占める背景となっている。

「旗幟鮮明」避けたいドイツ

第3にドイツは米中の「体制間競争」において、いずれの側につくか旗幟鮮明にすることを回避したいと考えていることである。

そもそも敵味方を峻別する善悪二元論の考え方は、ドイツでは米国の単純な理想主義的発想と見なされることが多い。「インド太平洋指針」では、インド太平洋地域における「覇権的独占(一極支配)も二極化構造の固定化も多様なパートナー関係を危うくする」として、中国と米国を念頭に、双方に対して距離を置く姿勢を打ち出している。

ドイツ経済にとって中国経済の比重は、コロナ禍を通じてますます高まっている。自動車大手フォルクスワーゲン(VW)やBMWにとって中国は最大の販売市場であり、VWの場合、乗用車の4台に1台は中国で生産されている。基幹産業である自動車産業がかくまで中国依存となっていることは、ドイツ経済の構造的な脆弱性といえるだろう。米国のような経済のデカップリング(切り離し)政策はとりようがなく、中国配慮はドイツのアジア外交を拘束せざるを得ない。

また、技術覇権をめぐる「体制間競争」においては、中国が優位に立ち始めた通信分野などの先端技術開発に関して、米国には正面から巻き返しを図るだけの底力があるが、ドイツはその先端技術開発の遅れから難しい。中国との関係も無視できず、米中どちらの「経済・技術圏」を選ぶか、踏み絵を踏まされることは避けたいのがドイツの立場である。

フリゲート艦派遣の意味

英国は空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群をインド太平洋地域に派遣し、今年後半には自衛隊とも共同訓練を実施する。フランスも5月、離島奪還を想定した自衛隊、米軍との共同演習を九州で行った。世界の民主主義先進国は、連携して軍事的な対中抑止に踏み出している。

一方、ドイツも今年、フリゲート艦をインド太平洋に派遣するが、日本やオーストラリアだけではなく、中国・上海への寄港も計画している。

これでは中国に対する誤ったメッセージになりかねない。ただ、こうした形での軍艦の派遣がドイツの「限界」であり、将来にわたってこれ以上の軍事的関与をインド太平洋で行うことはないだろう。欧州主要国でも英国、フランスと、ドイツを同列に論じることはできない。

中国の台頭を十分、軍事的に抑止し、技術覇権にも対抗しながら、中国との相互の経済利益の維持やグローバルな課題解決での共同歩調を図ることが、日米英仏豪など先進民主主義国家の戦略となったと言っていいだろう。相反する二つの方向性を実現するのは容易ではないし、中国が軍事と経済のデカップリングを甘受するとも思えないが、この戦略を堅持して人口減に見られる中国の長期的衰退を待つしかないだろう。しかし、ドイツの場合、長期的には米国との疎隔のみならず、志を同じくする国(like-minded countries)の仲間から外れていく可能性も考慮しなければならないと思う。

ドイツのアジア認識レベル

最後に余談を一つ。サミット関連のドイツの報道をいくつか読んでいたら、「ヴェルト紙日曜版」に「(対中政策に関しては)バイデン政権にとって欧州諸国だけが重要なのではない。今回のG7にオーストラリア、インド、韓国、日本と南アフリカを招待したことは偶然ではない」という文章があるのを見つけた。

「今回のG7に日本を招待」とは!日本はサミット創設時からのメンバーなのだが?ドイツメディアには時々こうしたとんでもない記述が載ることがある。記者の無知か悪意かわからないが、ドイツの大方のアジア認識はその程度、と心の片隅にとめておくことも必要だ。