政府の総合海洋政策本部参与会議(座長・田中明彦政策研究大学院大学長)は6月29日、現在の厳しい東シナ海の状況に対処するためには海上保安庁の巡視船や航空機の増強が必要だとする意見書を菅義偉総理に提出した。
しかし、増強の「強」には賛同するとしても、軍の機能、組織、訓練を禁じた現下の海保法25条の下での「増」は、税金の無駄使いだ。
海保法25条の限界
筆者は7月1日に某自民党国会議員のセミナーに参加したが、その議員は現海保法下でも中国海警局の公船に対応は可能だとし、「現行法下でも武器の使用が認められており、海保船は如何なる海上模様下でも、相手船の機関室に命中させられるだけの技量を持っている」と主張していた。
しかし、撃たれた海警船も当然、反撃する。ところが、海保の巡視船は、あくまでも犯罪取り締まりのための船体構造であり、訓練体系もそれに応じたものになっている。船体構造は商船仕様で、軍艦からの転用である海警船との撃ち合いを想定していない。海軍では常識である攻撃を受けても容易に沈没しないよう防水等を施すダメージ・コントロール(被害復旧)訓練もなされていない。
同議員はフィリピンやベトナムの沿岸警備隊との連携を主張していたが、両国とも最近まで沿岸警備隊は海軍隷下にあった。旧ソ連の政治中将が日本弱体化のために入れた海保法25条のような縛りをかけている沿岸警備隊は世界の中で日本の海保だけである。
今後中国は、水中センサーであるソナーや対空レーダーを持たない海保の弱点を衝いて、日本の尖閣諸島奪取に向け海上民兵を潜搬入させる戦術を取って来るかもしれない。米国では5軍の一つである沿岸警備隊の艦船はソナーや対空レーダーを装備し、情報を海軍と同じ指揮・統制・通信・情報システムで共有できる体制なっている。海保法25条にしがみついていたら米沿岸警備隊船との共同訓練も限定的なものにとどまり、強化には繋がらない。
「海洋状況の認識」深めよ
参与会議の意見書は「Maritime Domain Awareness(MDA、安全保障に係る海洋状況の認識)で我が国がリーダーシップをとって国際協力を強化すべき」と謳っているが、この事を報じたメディアは皆無である。
6月25日に国基研では、台湾とフィリピンに米国を加えた「中国の政治戦と第一列島線防衛」に関するリモート対話を行ったが、第一列島線防衛のために日台比が協力するためには先ず中国艦船の動きを監視するためのMDAがその基盤となる。またMDAは、北朝鮮の瀬取りを監視するためにも必要である。
座長の田中氏は1990年代後半に『新しい中世』を上梓し、1996年度サントリー学芸賞を受賞している。内容は、21世紀の世界システムは覇権が衰退し、経済相互依存が進展することにより、国際機関や非政府組織(NGO)のような非国家主体の役割が増大するというものである。「あとがき」でも自己中心的な国のあり方に疑問を呈している。
しかし、昨今、中国は覇権を目指し、貿易をもその武器に使っており、逆に経済の相互依存関係は縮小する傾向にある。世界保健機関(WHO)といった国際機関なども中国の独善的な反対で台湾が参画できないという状態が続いている。
コロナ対処にしてもワクチン開発にしても国家の役割抜きには語れない。田中氏は最近のテレビ番組で、コロナ危機は数百年に一度の危機であり、戦時対応型の強力なリーダーが必要と語っていたが、それはまさにNGOのような非国家主体の非力さを自ら認めたことにはならないか。