多くの国民が当時の自民党にお灸を据えるつもりで民主党に投票した平成21(2009)年の衆院選の結果、悪夢のような2年10カ月の日々が続いた。同じ轍は踏まないと過去3回の総選挙で安倍晋三前首相率いる自民党が大勝した。だが、この間に自民党は弛緩してしまったのか、「政治とカネ」の問題や相次ぐスキャンダル、各地の選挙区で起きている内紛、そして何よりも菅義偉政権のコロナ対策をめぐる混乱で国民の支持を失いつつある。果たして21年と同じことが繰り返されるのか。
このままなら自民大敗、菅降ろしも
最近の報道各社の世論調査をみると、菅政権には黄色信号が灯っている。内閣支持率はNHKで33%、毎日新聞で30%と昨年9月の政権発足後最低となり、時事通信では29.3%と初めて3割を切った。
世論調査で支持率30%は一つの目安と捉えられている。過去の政権の例からみても、30%を下回ったからと言って直ちに退陣するとは限らないが、回復力を見せないと退陣まで下がり続けることになる。
時事通信によると、平成12(2000)年4月発足の森喜朗政権以降、小泉純一郎政権を除く8政権が30%を下回る危険水域を経験し、このうち7政権が再浮上せずに退陣に至った。例外が安倍晋三前政権で、4年前の平成29(2017)年7月に29.9%を記録したが、同年10月の衆院選で大勝した。
菅政権は安倍前政権のように回復力を見せることができるだろうか。菅首相は東京五輪・パラリンピックをなんとか無事に終わらせ、新型コロナウイルスのワクチン接種も広がれば、国内の雰囲気も変わると期待している。
菅首相はワクチン接種の「1日100万回」の目標を掲げ、陣頭指揮をとったまではよかったが、ここにきてワクチンの供給不足に陥り、各自治体で接種予約の停止が相次ぎ、国民の間に不満がたまっている。酒類の提供停止に応じない飲食店に対し、金融機関から順守を働きかけてもらうよう求める方針を示した西村康稔経済再生担当相に対する反発も強い。
このまま当初の予定通り9月解散、10月総選挙となれば、もともと4年前の大勝で改選数の多い自民党は大幅に議席を減らし、選挙後の自民党総裁選で菅降ろしが起きるだろう。菅首相に残された数少ない選択肢が人事と喫緊の課題への取り組みだ。
人事以外に局面打開の道なし
安倍前首相は4年前の東京都議選で歴史的惨敗を喫した後、内閣改造で人気の高い河野太郎氏を外相に抜擢した。側近からは「脱原発」を主張する河野氏起用に異論もあったが、安倍氏は支持率回復を優先した。菅首相もこれに倣い、内閣改造・党役員人事を断行すべきである。いまのところ、菅首相にその気はないようだが、局面打開には人事以外にない。
なかでも代えるべき筆頭は二階俊博幹事長である。菅首相にとっては首相の座に押し上げてくれた恩人かもしれないが、令和元(2019)年の参院広島選挙区を舞台にした大規模買収事件での党本部資金1億5000万円の拠出問題、山口3区や群馬1区など各地で起きている自民党同士の内紛など、二階氏のもとで自民党は統治能力を失っている。選挙対策の責任者である山口泰明選対委員長は引退を表明した。これでは戦う態勢になっていない。二階氏は強く抵抗するだろうが、二階幹事長では戦えないことは明白である。菅首相は決断の時だ。
合わせて、菅首相に断行してほしいことがある。菅首相は4月の日米首脳会談後の共同声明で「自らの防衛力を強化すると決意した」と約束した。第2次安倍政権発足以降、防衛予算は右肩上がりに上昇してきたが、「国内総生産(GDP)の1%以内」という暗黙の縛りの中で推移してきた。すでに岸信夫防衛相、加藤勝信官房長官が表明しているように、目安としてきた1%にはこだわらずに、必要な防衛予算を確保し、防衛力の強化に取り組むべきである。
加えて安定的な皇位継承問題にも尽力すべきだ。現在、政府の有識者会議(座長・清家篤元慶應義塾長)で、婚姻後も女性皇族が皇室に残る案と、旧宮家の男系男子の養子縁組による皇籍復帰案が検討されている。中でも旧皇族の皇籍復帰案を早急に取りまとめ、安定的な皇位継承を実現してほしい。
民主党への政権交代が起きた平成21年当時よりも、日本を取り巻く状況ははるかに厳しくなっている。菅首相は理念的なことよりも、目の前にある課題を処理することを得意としてきた。防衛力の強化と安定的な皇位継承は、コロナ対策とともに最優先で取り組むべきだ。菅首相が本気で日本が直面する課題に取り組めば、おのずと選挙でも結果はついてくる。小手先のパフォーマンスで支持率回復を図ろうとしても、国民の心は動かない。