公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.08.16 (月) 印刷する

人流削減だけで解決するのか 有元隆志(月刊正論発行人)

 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は今月10日の記者会見で、東京など緊急事態宣言が発令されている6都府県について、2週間限定で東京の人出を半減するなど感染抑制策の強化を求める提言を発表した。爆発的な感染拡大を抑えないと「救える命が救えなくなる」(尾身氏)との危機感からというが、いまになって「これまで関わっていない医療機関にも協力要請」を提言に入れるなど、発症が国内で確認されて以来、この一年半何をしてきたのかと疑問を抱かざるを得ない。

臨機応変に対応できぬ行政

最近、身近で幾人かのコロナ患者の現場を経験した例から、行政が臨機応変に対応できていない現状を報告したい。PCR検査で陽性と出てもすぐに入院できるわけではない。病院は保健所からの指示でしか入院を受け付けないと言われる。かといってすぐに保健所から連絡がくるわけではない。数日かかったケースもあった。

それ以降、保健所の担当は毎日のように連絡をくれるが、地元の医師がPCR検査をした際に処方してくれた解熱剤を飲んで自宅で療養するしかない。外来治療薬を処方してもらえれば我慢できるがそれもない。

保健所の受付が終了した後、急に苦しくなった場合の対応を保健所の担当に聞くと、24時間体制の都の発熱相談センターに電話してくださいと言う。しかしながら、都の相談センターからは「こちらでは入院を斡旋できない。あくまで手配できるのは地元の保健所だけです」と言われる。保健所の担当に「いざとなったら救急車を呼ぶしかないというわけですね」と聞くと、「ですが病床が足りず入院できる保証はありません」との答えが返ってきた。

別のケースでは、熱が39度から幾日も下がらず酸素飽和度も85%になったため、保健所に連絡し急を要すると伝えた。保健所も入院の手配をしてくれたものの、なかなか入院先が決まらなかった。半日かかってようやく入院できた。多くの病院で重症者の対応に当たる医療スタッフが不足しており、新規患者の受け入れが難しくなっているという。

尾身氏率いる分科会はこれまで関わっていない医療機関にも協力を求めることを提案したが、この一年半政府は医療機関や医師会に病床確保をお願いし、一部では専門病棟がつくられているが数が圧倒的に足りない。

説得力失いつつある政府の説明

日本医科大学の松本尚教授は月刊正論令和2年8月号で、千葉県の災害医療コーディネーターとして昨年4月から6月にかけ幕張メッセ(千葉市にある大規模展示場)に臨時病院(最大1千床)をつくることを提案したことを明かした。しかし、連休明けに感染者数も減り始めたこともあり計画は凍結された。その後、感染が拡大してもメッセに臨時病院が作られることはなかった。松本氏は「大胆な発想と迅速な意思決定は危機管理に大事だ」と記したが、いまの日本に決定的に欠けているのはこの点だろう。

菅義偉首相は7月30日の記者会見で、8月末までの緊急事態宣言について「出口についてはワクチンの接種状況と合わせ、重症者や病床、利用率など、医療提供体制への負荷に着目した具体的な分析を進め、適切に判断をしてまいります。その上で、社会経済活動の制限の緩和に向けた道筋を示してまいります。今回の宣言が最後となるような覚悟で、政府を挙げて全力で対策を講じてまいります」と国民に協力を呼び掛けた。

この時の会見で、首相は今回の宣言が「最後」となるような覚悟で臨んだはずだが、感染は減らないどころか連日過去最多を更新するようになった。菅首相をはじめ政府の説明に説得力がなくなっているのではないか。

このため尾身氏が単独で記者会見したのかもしれないが、医師で元厚生労働省技官の木村盛世氏は「感染症専門家が『わが世の春』を謳歌していてメディアにも出ずっぱりで、その発言は金科玉条のごとくありがたく受け止められています。そして、客観的にどんなにおかしなことであっても、専門外の人が異議を申し立てることは日本ではタブー視されているのです。(中略)技術屋に遠慮するなど平時の感覚から抜けきれなかったのは、どう考えても国家的な重大ミスでしょう」(月刊正論8月号)と、尾身氏らの発言のみを鵜呑みにすることに対し疑義を唱えている。

緊急事態宣言の効果は限界に

現在、新型コロナは感染症法上、「新型インフル等」の類型に位置付けられ、自治体や医療機関は結核などの2類相当、あるいはそれ以上の厳格な対応を行っている。これまで多くのコロナ患者を診察したという兵庫県の長尾和宏医師は8月10日のBSフジ「プライムニュース」に出演し、2類相当にしていることが「医療崩壊の原因になっている。保健所が全部管理しようとするが管理できず、自宅に放置され亡くなる方が出ている」と述べ、毎年流行するインフルエンザが対象となる5類に移行させるよう求めた。

厚労省は感染症法の運用見直しの検討に着手したというが感染症の専門家からは慎重論も出ているという。菅首相は分科会だけでなく長尾氏のような別の見解を持っている医師らの声にも耳を傾けるべきだろう。はっきりしていることは、いまのような緊急事態宣言の有効性は限界に達しているということである。菅首相はこの点を認めたうえで、増え続ける患者に対し、臨機応変に対応できる態勢づくりに早急に取り組むべきだ。