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2021.08.19 (木) 印刷する

「民主主義サミット」とバイデンの狙い 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

 果たしてバイデン米政権は、12月にリモート開催する「民主主義サミット」に、台湾やベトナムの参加を呼び掛けるだろうか。中国が核心的利益だという台湾は、「活気に満ちた民主主義」であるし、共産党支配とはいえベトナムは、対中抑止の地政学的な利益を共有している国だ。もしも中国に配慮して彼らの参加を見送れば、「権威主義に対抗するサミット」の存在意義が問われるだろう。

台越も参加できる枠組み

ここでいう権威主義とは、バイデン大統領が就任直後の外交演説で「米国と張り合おうとする中国の野心」や、「民主主義の混乱をもくろむロシアの意志」と定義した中露のことである。12月9、10日開催の民主主義サミットは、わざわざ「民主主義国の」ではなく、「民主主義のための首脳会議」(Leader’s Summit for Democracy)との位置づけだから、多様な集合体の参加に道を開いている。

「Summit」の前にあえて「Leader’s」と冠したのも、国の指導者に加え、市民社会、慈善団体、民間部門の代表を招待するところがミソではないか。したがって、権威主義と対峙する台湾をはじめ、やや強権的なベトナム、フィリピン、シンガポールなどもかろうじて包含できる。具体的な参加者については、まだ明らかになっていない。

民主主義サミットは2年前の大統領選挙中からの公約で、12月9日と10日にリモートで開催される。ホワイトハウスの声明によれば、2022年には第2回目を対面開催する予定だという。ホワイトハウスによると、サミットでは①権威主義に対する備え②汚職との闘い③人権尊重の促進―と、比較的緩やかなテーマが討議される。

バイデン政権は英国のコーンウォールG7サミットはじめ、EU(欧州連合)の首脳会議でも、正面の敵が覇権主義を強める中国であることを明確にしていた。しかし、米国内には、とりわけインド太平洋地域で、サミット開催に民主主義の連帯を強調しすぎると、中国と対峙する非民主国家を排除してしまうとの懸念があった。

押し付けより信頼の回復

ジョンズホプキンズ大学のハル・ブランズ教授ら現実主義者は、外交誌に「民主的連帯の大戦略」を発表して、硬直的なイデオロギーによる選別が対中抑止力の結集を削いでしまう危険性を指摘していた。

無理に民主的連帯を振りかざすと、反中反露の勢力に巻き込まれたくないとの民主国家を遠ざけてしまう懸念だ。民主的連帯を一律に押し付けるのではなく、むしろ、「形式」より「機能」を重視すべきであると主張する。

もともと、インド太平洋地域で中国の強引な軍事的圧力にさらされている国々は、米国の安定的な関与を望んでいる。シンガポールのシンクタンクによると、トランプ政権下で東南アジアの77%が米国の関与が低下したと答え、バイデン政権下では68・6%の国々が米国の関与が回復すると期待をもってみている。

米国のオバマ政権がアジアへの「リバランス」としてアジア回帰を宣言して、この秋で10年を迎える。オバマ大統領が2011年にオーストラリア議会で、米国が広大なアジア太平洋に目を向けていると述べ、続くトランプ政権、バイデン政権も多くの演説や声明で口約束をしてきた。しかし、米国が具体的に動かなければ、アジアの指導者には、その信頼性と実感が薄いのは否めないだろう。

中国の軍事力は、米国が「リバランス」を表明した時よりも、この10年ではるかに強力になっているからだ。2011年の中国の軍事力は、日本の2倍の規模だったが、2020年には5倍以上にまで増強された。同様に2011年の米海軍は、中国海軍より12隻多い戦闘艦をもっていたが、いまでは中国が米国より約40隻も上回る。(Foreign Affairs 2021,8,11 )

選択迫らず寛容姿勢示す

バイデン政権の高官たちは遅ればせながら、東南アジア地域に対しては厳格な「民主主義か権威主義」の選択を求めず、現実的な対応を開始している。ウェンディ・シャーマン国務副長官は、5、6月にインドネシア、カンボジア、タイを訪問している。カンボジア訪問では、フン・セン首相に対して中国軍のプレゼンスや人権問題を指摘しつつも、2022年に東南アジア諸国連合(ASEAN)議長国となるカンボジアへの協力を提起している。

ロイド・オースティン米国防長官は、シンガポール、ベトナム、フィリピンを訪問して、ASEANがアジアの中核的な存在であることを強調した。さらに、この地域が「戦略的優先事項」であると誓約し、対中抑止は「誰も単独ではできない」として融和姿勢をとった。米国が彼ら自身の主権を守れるよう支援したとしても、「米国か中国のどちらかを選択することを求めない」と寛容な姿勢を示した。

その成果の一つが、フィリピンのドゥテルテ大統領との関係修復だろう。反米意識の強いドゥテルテ大統領は2020年2月に、米国との間で懸案となっていた法的枠組みの米軍地位協定(VFA)の破棄を通知していた。しかし、南シナ海で拡張主義的な動きを見せる中国との緊張から、オースティン国防長官との会談で破棄を撤回し、協定継続を明らかにした。

バイデン政権はこの秋の東アジア首脳会議などアジアで開催される首脳会議も重視しており、12月の民主主義サミットにつなげたい考えだ。バイデン大統領にとって同サミットが、中国に対抗してすべての外交・軍事資源を「アジア正面」に集中するための象徴的な会議になるはずだ。とりわけ、米軍のアフガニスタン撤退によって、イスラム原理主義組織タリバンが復活するなど、それを許したバイデン政権批判があるだけに、一層、力が入るだろう。