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2021.10.04 (月) 印刷する

岸田新首相の不思議な「危機」認識 有元隆志(産経新聞月刊正論発行人)

「我が国の民主主義が危機にあると、強い危機感を感じ、我が身を顧みずに立候補表明させていただいた」―9月29日の自民党総裁選後、当選した岸田文雄氏はこう述べた。強い違和感を覚えた。岸田氏には言いたい。「危機にさらされているのは民主主義ではなく、国家主権そのものである」と。岸田氏は早急に軍事力強化に取り組むべきだ。

「民主主義の危機」発言

「民主主義が危機にある」というのは、安倍晋三、菅義偉両政権を批判する時に野党などが使う表現である。安倍政権で外相、政調会長という要職を歴任しながら、岸田氏は野党などと同じ認識を持っているのか。

安倍政権では野党や一部マスコミの強い反対がありながらも、集団的自衛権の限定行使を可能とする安全保障関連法などが成立した。安倍氏は首相在任中、米国のトランプ前大統領との首脳会談で、日米安全保障条約に基づく有事の日米の役割分担について「不公平だ」と不満を表明するトランプ氏に対し、「内閣支持率を大きく下げてでも安全保障関連法を成立させた」と説明した。法整備を主導した自民党の高村正彦元副総裁も産経新聞のインタビューで「もし安保法制がなかったら日米同盟がどうなったかと思うとぞっとする」と述べている。

岸田氏の「民主主義の危機」発言は、中国・武漢発の新型コロナウイルス対策での菅氏の説明不足などが国民から強い批判を浴びたことを念頭にしているのかもしれないが、それは「民主主義の危機」でもなく、説明責任を果たせばいい問題である。岸田氏に欠けているのは、中国公船による領海侵犯が繰り返されている尖閣諸島(沖縄県石垣市)をはじめとする我が国が直面する安全保障上の危機に対する認識だ。

安保戦略の改定を

岸田氏は総裁選期間中の9月19日のフジテレビ系「日曜報道 THE PRIME」に出演した際、米国が検討している中距離弾道ミサイルの日本配備について「全く否定するものではない」としながらも「日本に対する具体的な提案を聞かずに賛成か反対かを言うのは控える」と述べるに止まった。「この中距離ミサイルは日本を守るために必要だ」と発言した高市早苗政調会長とは対照的だった。岸田氏は「受け身の姿勢」でいいのか。

ある防衛省幹部は「米国のミサイルの配備ではなく、日本自身が中距離弾道ミサイルを開発し配備しないといけない」と言い切る。

日米両国は4月の首脳会談後の共同声明で「日米同盟の一層の強化にコミット」することで合意した。日本側は「防衛力強化を決意した」と明記した。防衛省は来年度予算の概算要求で前年度当初予算比2.6%増となる5兆4797億円を計上した。目安とされる国内総生産(GDP)の1%を上回る可能性があるが、それでも「防衛力強化」とは到底言えない。

菅氏は8月末の「文藝春秋」インタビューで「策定からまだ7年半ではありますが、(我が国の国益を長期的視点から見定めた上での外交・防衛政策の基本方針である)現行の国家安全保障戦略を時代の要請を反映するよう見直しをすると同時に、(安全保障の基本的指針である)『防衛計画の大綱(防衛大綱)』や(19~23年度の防衛装備の整備目標を定める)『中期防衛力整備計画(中期防)』の見直しにも早急に着手すべきではないかと考えている」と語った。岸田氏はこの方針を踏襲し、安保戦略、防衛大綱、中期防の見直しを実施し、2023年度予算から防衛費をさらに大幅に増やすべきだ。

待ったなしの覚悟

岸田首相というと永田町では「優柔不断」とのイメージが付きまとう。2018年の自民党総裁選には出馬できず、多くの支持者を落胆させた。昨年の総裁選でも敗北し、いわば崖っ淵からの出馬だったが、「決意」、「覚悟」を何度も口にして自らを奮い立たせ、総裁の座に上り詰めた。

これまで長い道のりであったが、これからの方がはるかに険しい。

岸田氏に見習ってほしいのは「真空総理」とまで揶揄された小渕恵三元首相である。対立候補であった梶山静六、小泉純一郎両氏と比べ地味で口下手だった。就任後も支持率は高くなかったが、「なんでもやってやろう」と金融危機を乗り切り、日米安保体制の強化を目的とする「日米防衛協力のための指針」(日米新ガイドライン)関連法や「国旗・国歌法」などを成立させた。

日本を取り巻く安全保障環境は小渕政権下よりも悪化している。総裁選で言及した敵基地攻撃能力の保有など自衛力の強化に待ったなしで取り組む必要がある。岸田氏に問われているのは、総裁選で繰り返した「決意」と「覚悟」なのである。