公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2021.11.22 (月) 印刷する

在外邦人保護の法整備はどうなった 黒澤聖二(国基研事務局長)

先の衆議院選挙(10月31日投開票)では、選挙期間中、コロナ対策や経済政策などで活発な議論が交わされたが、一つ大事な問題が置き去りにされたように感じた。在外邦人保護の法整備の問題である。

与党、野党に限らず、日本国民が外国で危険な状況になったら、政治は全力で救助すると答えるはずだ。しかし、選挙戦で在外邦人保護の法整備を最優先と訴えた候補者は、残念ながら見当たらなかった。アフガニスタンの首都カブール陥落(8月15日)にともなう混乱は、わずか3カ月前の出来事なのに、まるで何事も無かったかのようである。

のど元過ぎれば熱さを忘れることの繰り返しでは、問題は一向に解決しない。今一度、アフガニスタンの事例をもとに、在外邦人等の保護について問題提起をしたい。

自国民守る政治の覚悟が足りぬ

タリバンの手に落ちたカブールからの邦人退避活動中の8月26日、空港付近のテロで米兵13名が犠牲となった。多くは20代前半の若者である。わが国の退避活動が難渋していた背景に、尊い犠牲があったことは決して忘れてはならない。改めて哀悼の意を捧げたい。

わが国の政治家は、同盟国兵士の犠牲を目の当たりにし、何も感じなかったはずはない。しかし、公約でこれに触れた自民党ですら、そのパンフレットには「制度・運用の見直しを図ります」と小さく掲げる程度であった。公約を具体化した政策バンクには、さらに小さく「安全を確保します」と申し訳程度にあっただけだ。自国民の救出は自国の責務だと本当に思っているのか、これでは甚だ疑わしいと言わざるを得ない。

当時、緊迫した状況で退避させられた邦人は1名で、現地職員などアフガニスタン人約500人は退避させられなかった。その後、相当遅れはしたが陸路や民間機により400人に迫る人たちが出国した。退避を希望する関係者を見捨てないわが国の姿勢は評価できる。迅速性の面でも、準備開始から輸送機の出発まで2日という自衛隊の初動は決して遅くはなかった。

カブール陥落後、国家安全保障会議(NSC)の4大臣会合開催に1週間以上要したことや情報が錯綜したことなど、時間軸で見た場合に問題があることは明らかだが、これらは、いずれも根本の問題とはいいがたい。

より大きな問題は、自衛隊機派遣の法的根拠を、自衛隊法84条4の「在外邦人等の輸送」(以下「邦人輸送」)においていることだ。この規定は「現地の安全」を大前提にしている。そもそも危機的状況だから邦人保護が必要なのだという現実と、現地の安全確保を前提にした規定には矛盾とも言える大きなギャップがある。現地の危険度が高くなり、同盟国兵士が犠牲となる中で安全確保が前提とされれば、自衛隊は撤退するよりほかに道はない。

このギャップに違和感を覚えず、選挙で争点化できないわが国の世論(メディア等)にも問題があるが、やはり自国民、自国企業を守り抜くという政治の覚悟が足りないと言うほかない。

自衛隊を運び屋扱いする法制度

今回のようなテロが頻発し、無政府に近い事態にあって、邦人等の保護活動を行うことを法律は想定していたのか。

そもそも、自衛隊法の「邦人輸送」は陸上輸送のニーズに対応していなかった。84条3「在外邦人等の保護措置」(以下「保護措置」)が自衛隊法に加わったのは2015年である。2013年にアルジェリアで生起したイスラム系武装集団による人質拘束事件で邦人10名が犠牲となったことが教訓となった。

その際、外国での騒擾騒乱状態を想定した武器使用や陸上輸送を含む保護措置が認められたのだが、今回、その適用は見送られた。理由は、当該規定の運用には高いハードルが設けられているからである。

わが国では、海外での武力行使を禁ずる憲法9条の解釈によって、外国領域での武器使用については、一般国際法上の自衛の要件よりはるかに厳格な要件が求められている。現地当局が安全を確保していること、戦闘行為がないこと、武器使用に現地当局の同意があること-などであるが、いずれも危険度が高い緊急時に適用するには極めて高いハードルで、「無理難題」とも言えそうな要件ばかりである。

結果的に、陸上輸送の必要があっても「保護措置」は使えず、今回もやむなく安全を前提とした空路のみでの「邦人輸送」を命じざるを得なかった。現地の安全は日々刻々と状況が変わるのであるから、二重三重に縛りをかけたような規定では、部隊の柔軟な運用は難しい。この状態を速やかに正さなければ、国の不作為との謗りは免れない。

自衛隊はいつでも使える便利な宅配便業者とは違う。民間の力ではどうにもならないから軍事力を投入するのである。国民の命綱として本来の機能を発揮するには、自衛隊法の規定を含め、在外邦人保護の実施要件を早急に見直す必要がある。自国民を自らの力で守れる普通の国になって欲しいと強く思う。

同時に、この問題を自衛隊法の一部改正という小手先の弥縫策に終わらせてはならない。アフガニスタンの事例はアルジェリアの事例とは状況が異なることは分かっている。しかし、想定外だから対応できないという言い訳は許されない。だからこそ、想定外の緊急事態に即応するための法的根拠を現憲法に規定しなければならないのである。

これまでの議論は、政府の危機管理という観点でしか行われず、憲法上の問題は回避してきた。ここに政治が深く切り込めば、憲法改正に行き着かざるをえないだろう。岸田文雄政権の課題は山積しているが、選挙で国民の信を得た限りは、命がけで国民を守る覚悟を示して欲しい。